とよはししんぽう 「豊橋新報」は,大正10(1921)年12月創刊。社屋は豊橋市中八町に置いた。社長は,大口喜六(衆議院議員),副社長小山信(県会議員),専務安藤角次郎(市参事会員),会計黒柳清次(市参事会員)であった。いずれも同志派の政治家である。 そのため, ...
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「豊橋言論史」(宮脇良一) とは(豊橋百科事典より)
とよはしげんろんし 「豊橋言論史─郷土新聞をめぐる人々─」(東海日日新聞社 昭和48年)は,東海日日新聞社社長宮脇良一が昭和48(1973)年,豊橋市のふるさと市民講座で行った講演に加筆して,東海日日新聞社から出版したものである。副題「郷土新聞をめぐる人々」でわ ...
東三新人会 とは(豊橋百科事典より)
とうさんしんじんかい 東三新人会は,昭和6(1931)年,小山三郎(大衆新聞),碓井不二男(大衆新聞),鈴木充(参陽新報),山本勇夫(名古屋新聞),田中廉平(豊橋新報),浅井弥之助(新朝報),佐藤長吉(新朝報),岩瀬正雄(詩人)の8人により結成され,東京帝国大 ...
近藤鹿堂 とは(豊橋百科事典より)
こんどう・ろくどう(1874頃~1945) 近藤鹿堂(健吉)は,八名郡富岡村(新城市)に生まれた。長ずるにおよんで参陽新報の主筆として,健筆を振るうこととなったが,社の方針と意見が合わず,明治42(1909)年にいったん退社した。参陽新報は,大正3(1914)年経営難に陥 ...