愛知豊橋市長坂なおと のblog

ブログ総アクセス数600万超。最年少・無所属で2015年の豊橋市議選に新人トップ当選(全体8位)、2019年現職トップで再選(同2位)。2023年歴代最多得票にて3選。現在、豊橋市長(戦後最年少)。地元・豊橋のこと、地域のこと、まちなかのこと、市役所・市議会のこと、ニュースを見て思ったこと、いつも考えていること、そして、地元・豊橋のことなどを書いていきます。~住んでほの国、失敗ええじゃないか~ ※本ブログは個人の見解であり、組織を代表するものでありません

タグ:豊川用水

豊橋市議の長坂です。豊橋には、ほら貝ショップがあります。さて、お察しの通り、ぼくは橋下徹さん・大坂都構想を応援していました。大阪都構想の現場最前線に行ってきた。 - 愛知豊橋・長坂なおと のbloghttp://nagasakanaoto.blog.jp/150514.html改めて、橋下さんの何がそ ...

⇒ 豊川用水 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog http://nagasa ...

みつくちいけ  三ツ口池(地元では三口(みくち)池という)は,豊橋市石巻町三口の溜池(ためいけ)であったが,豊川(とよがわ)用水事業により満水面積7.2ha,総貯水量24.3万立方メートルの傾斜コア型フィルダム(堤高12.5m)として,昭和40(1965)年5月に工事が完了した調整 ...

みずのてんじかん  豊橋市水の展示館は,平成4(1992)年4月,豊橋市西赤沢町大坂の万場調整池管理事務所(水資源機構豊川(とよがわ)用水総合事業部豊橋支所)1階に豊橋市によって開設された。建物は鉄筋コンクリート造り3階建ての1階で,展示面積は193㎡である。展示内容 ...

まつばらようすい  松原用水は,豊川(とよがわ)右岸の水田約800haを灌漑する農業用水で,豊川用水事業に併合されている。昭和43(1968)年に愛知用水公団の事業として完成した牟呂松原頭首工(新城市一鍬田(ひとくわだ))で豊川から取水し,牟呂松原幹線水路を5.3㎞流下した ...

ばんばちょうせいち  万場調整池は,豊橋市東赤沢町・西赤沢町の丘陵地を掘鑿して造られた表面遮水壁型フィルダム(堤高28.6m)の人工池である。満水面積343ha・有効貯水量500万立方メートルの規模で,豊川(とよがわ)総合用水事業により,平成元(1989)年に主要工事が完工 ...

にほんまつこふんぐん  「二本松古墳群」(愛知県営開拓パイロット事業石巻地区埋蔵文化財調査団 昭和51年)は,芳賀陽を調査団長とした調査団によって発行された発掘報告書である。 渥美半島の先端までも豊川の水を供給する目的で計画された豊川用水建設工事の進展に伴い ...

とよはししせい80ねんし  「豊橋市政八十年史」(豊橋市 昭和61年)は,「豊橋市政五十年史」記載の前段についてはその記述を要約・簡略化するに留めた。「豊橋市政五十年史」後半と本書前半は豊橋の復興で,項目としては同一である。豊橋の基礎づくりの項(大野佐長市長時 ...

とよはししすいどう50ねんし  「豊橋市水道50年史」(豊橋市水道局 昭和55年)は,昭和5(1930)年に築造された豊橋市水道が第2次世界大戦後,5次にわたって拡張され,同41(66)年豊川用水の豊橋市内全面通水に伴って,同45(70)年豊川用水共用施設・浄水場施設が愛知県 ...

とよがわようすいそうごうじぎょうぶ  豊川用水事業は,昭和2(1927)年4月,農林省の大規模農業水利調査として計画され,同24(49)年9月,国営豊川農業水利事業所が開設され,宇連(うれ)ダムの建設工事に着手したことに始まる。昭和33(1958)年12月,宇連ダムが完成し, ...

とよがわようすいし  「豊川用水史」(水資源開発公団中部支社・愛知県 昭和50年)は,水資源開発公団と愛知県によって企画され,愛知県と水資源開発公団の委託を受けた豊川用水研究会と豊川用水史編纂委員会によって執筆・編集された。本文編と資料編の2巻で構成されてい ...

とよがわようすい  豊川用水は,宇連(うれ)ダム(南設楽郡鳳来町川合)と大島ダム(同鳳来町名号)から放流された水を宇連川で約16㎞流下させ,大野頭首工(同鳳来町大野)で30立方メートル/s(最大)を取水し,東部幹線水路で渥美半島の先端まで約76㎞,西部幹線で蒲郡まで ...

てんりゅうひがしみかわそうごうかいはつけいかく  天竜東三河特定地域国土総合開発計画は,昭和25(1950)年5月に制定された国土総合開発法により,荒廃した国土の復興をめざして指定された全国22地域の特定地域開発計画のうちの一つである。愛知県東部,静岡県西部,長野 ...

てんぱくばら  「天伯原」(天伯原開拓50周年記念誌刊行委員会 平成7年)は,天伯原開拓50周年の記念事業として,刊行された。「天伯原」は第2次世界大戦後,旧軍用地であった天伯原に入植した開拓者たちの開拓の記録をまとめたものである。入念な入植者からの聞き取りと天 ...

そうごうきょうどけんきゅうじょ  愛知大学総合郷土研究所は,昭和26(1951)年6月,旧豊橋陸軍第一予備士官学校の将校集会所の建物内に設立された。東海5県の資料・史料の所蔵が多く,機関誌「綜合郷土研究所紀要」は48輯刊行,資料叢書「三州渥美郡馬見塚村渡辺文書」など ...

じょうすいじょう  小鷹野浄水場は,昭和5(1930)年3月,豊橋市の上水道事業として建設された。八名郡下川(しもかわ)村西下条(げじょう)地先(豊橋市下条西町三ノ下)の豊川(とよがわ)河底の伏流水を水源として,同村牛川字小鷹野(豊橋市東小鷹野二丁目)に浄水場を,八名 ...

さんえんなんしん  愛知県の東三河,静岡県の西遠,長野県の南信は,中心に豊橋・浜松・飯田の各都市があるが,いずれもその属する愛知県・静岡県・長野県のはずれにある。東三河の地域性は,東西に東海道が通り,南北に中央構造線が走ることによって規定されている。大きく ...

こんどう・じゅいちろう(1870~1960)  近藤寿市郎は,明治3(1870)年4月15日,渥美郡高松村(田原市高松町)に生まれた。豊橋市会議員・愛知県会議員・衆議院議員・豊橋市長を歴任した。大正10(1921)年東南アジアを視察し,インドネシアの灌漑(かんがい)用水に着目して ...

きゃべつ  キャベツは,露地園芸野菜で,原産は地中海沿岸である。江戸時代オランダ人によって伝えられた。当時は観賞用の葉ボタンとして栽培されたようである。明治時代半ば以降次第に生産,消費ともに拡大し,最も消費の多い大衆野菜になった。豊橋では豊川用水の通水とと ...

かきはら・はるじ(1917~2006)  柿原春次は,大正6(1917)年佐賀県に生まれた。明治大学法学部に進んだが兵役に服し,第2次世界大戦後復員して,豊橋市天伯原で開拓に従事する。昭和25(1950)年豊橋開拓農業協同組合長となり,翌26(51)年から豊橋市議会議員に連続6期 ...

えこてくのれーす  エコテクノレースは,「環境文化都市」を目指した豊橋市の取り組み姿勢や新規産業の創造と地域産業の活性化に寄与するイベントとして,平成11(1999)年11月6日~7日に市内の万場(ばんば)調整池(豊川用水)を利用してはじめて開催された。このレースは, ...

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