愛知豊橋市長坂なおと のblog

ブログ総アクセス数600万超。最年少・無所属で2015年の豊橋市議会議員選挙に新人トップ当選(全体8位)、2019年現職トップで再選(同2位)。2023年歴代最多得票にて3選。地元・豊橋のこと、地域のこと、まちなかのこと、市役所・市議会のこと、ニュースを見て思ったこと、いつも考えていること、そして、地元・豊橋のことなどを書いていきます。~住んでほの国、失敗ええじゃないか~

タグ:池田輝政

よしだはん  吉田藩は,三河国吉田に置かれた藩で,藩主はいずれも譜代大名であった。15万石の池田輝政が姫路に移ると,松平(竹谷)家清が慶長6(1601)年,3万石で入封して吉田藩が成立した。以後,松平(深溝)氏・水野氏・小笠原氏・久世氏・牧野氏・松平(大河内)氏・ ...

よしだ24ちょう  東海道吉田の宿は,慶長6(1601)年,松平(竹谷)家清以来の譜代の城下町であった。また,慶長6(1601)年,徳川家康が東海道に伝馬の制を実施して以来の宿場町であり,吉田川(豊川)の河口を扼(やく)する湊町である。江戸時代を通じての町数は,24町であ ...

よしだじょう  吉田(豊橋)城は,現在の豊橋公園とその周辺をはじめ,東は飽海(あくみ)町から旭町,南は曲尺手(かねんて)町から呉服町,西は関屋町に達する広大な城であった。その縄張りは豊川(とよがわ)を背に,本丸を基点に二の丸,三の丸を前面,側面に配したもので,半 ...

やすみくまのしゃ  安海熊野社は,保延2(1136)年,鳥羽上皇の命により,熊野から快円法印が下向して建立したと伝える。その後,紀伊の人・鈴木重胤(しげたね)が宝飯郡佐脇村(宝飯郡御津町)に上陸し,この地に住み熊野権現の神主となった。牧野古白は,明応4(1495)年社 ...

みょうりゅうじ  延兼山妙立寺(日蓮宗)の創立は,元中3(1386)年2月で,開山は日什上人である。永禄11(1568)年,徳川家康は宇津山城(湖西市入出)に大原肥前守鎮実を攻めたとき,妙立寺に本陣をおき,寺の梵鐘(ぼんしょう)を合図に攻撃して大勝利をおさめたと伝えられ ...

みょうえんじ  運立山妙円寺(顕本法華宗)は,文禄元(1592)年の創立で,開山は日円上人である。開基は吉田城主池田輝政である。池田輝政は天正18(1590)年7月,吉田(豊橋)城主となったとき,妙立寺(湖西市吉美)の日円上人に帰依し,上人登城の際の休息所として堂宇 ...

まつばらようすいしよう  「松原用水史要」(豊橋市教育会 昭和19年)は,東三河における治水・土木の観点から重要な歴史的研究課題であった松原用水について書かれたもので,主な内容は,豊川の洪水・橋尾井堰・江戸時代の潅漑・争論・松原井堰などである。 松原用水は, ...

まつばらようすい  松原用水は,豊川(とよがわ)右岸の水田約800haを灌漑する農業用水で,豊川用水事業に併合されている。昭和43(1968)年に愛知用水公団の事業として完成した牟呂松原頭首工(新城市一鍬田(ひとくわだ))で豊川から取水し,牟呂松原幹線水路を5.3㎞流下した ...

ふだぎちょう  豊橋市札木町は東海道沿いに造られた町で,吉田(豊橋)24町の1つである。天正18(1590)年,池田輝政(1564~1613)が吉田(豊橋)城を拡張し,町並みを整備した時に,安海(やすみ)熊野社を南に移し,外堀を造った。もと安海熊野社の境内地に,東西に走る東 ...

ひがしみかわのせんごくじだい  「東三河の戦国時代」(「東三河の戦国時代」刊行会 昭和60年)は,豊橋技術科学大学教授の横尾義貫が,地域計画は地域固有の風土と歴史に対する配慮がなければならないとの観点から,大名領国制が成立する東三河の歴史を書いたものである。 ...

ちくわ・かまぼこ  かまぼこの起源は古い。日本書紀に神功皇后が三韓に行った時,魚を加工して保存食としたのが始まりとされている。蒲の穂が焼けている様子に似ていることから蒲穂子(かまぼこ)と呼ばれた。蒲穂子が蒲鉾と書かれるようになったのは,室町時代の初期といわれ ...

だんごうじんしゃ  永正年中(1504~21),牧野古白が今橋城築城に当たって,元鍛冶町(かじまち)(豊橋市新吉町)に牛久保(豊川市牛久保町)から鍛冶職を移し,高皇産神(たかみむすびのかみ)など4柱を迎えて守護神としたという。「三州吉田神社仏閣記」(元禄6年)に,仁連 ...

ごしんじ  孤峰山悟真寺(浄土宗)の創立は,貞治5(1366)年で,開山は善忠寂翁上人である。善忠上人は浄土宗藤田派4代唱名上人の高弟,仏法を広めるため関東から三州今橋(豊橋)に来て奇瑞(きずい)があってその地に一寺を建立し,浄業院悟真寺と称した。建立地は現在の吉 ...

がんじょうじ  正覚山願成寺(真宗高田派)の創立は,大永2(1522)年,開山は行円法師である。はじめ関屋町にあったが,天正18(1590)年城主池田輝政が城地拡張をした際に指笠(さしかさ)町(豊橋市新本町)に移転,大正10(1921)年東田(あずまだ)町北蓮田(れんだ)(豊橋 ...

いけだ・てるまさ(1564~1613)  池田輝政は,永禄7(1564)年12月29日,池田恒興の2男として清洲に生まれた。天正18(1590)年,徳川家康の関東移封によって下総臼井(千葉県佐倉市)に転封した酒井家次にかわって,東三河4郡等15万2000石を領する吉田(豊橋)城主となっ ...

あさい・よじえもん(?~1640)  浅井与次右衛門は,戦国時代の北近江の戦国大名である浅井長政の重臣であった。天正元(1573)年8月,織田信長は浅井の小谷(おだに)城を滅亡させた。小谷城落城後,浅井与次右衛門は一族郎党83人を引きつれ,吉田(豊橋)の四ッ谷(船町) ...

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