よしだえき 吉田駅は,明治30(1897)年7月15日に,豊川鉄道(飯田線)の吉田(豊橋)~豊川間の開通により豊橋駅を共同使用して開業,同32(99)年12月11日に豊橋駅より分離,吉田駅として単独開業した。大正9(1920)年12月に,三角形の屋根の鉄筋コンクリート2階建てに ...
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幻の遠三鉄道 とは(豊橋百科事典より)
まぼろしのえんさんてつどう 昭和初期に,豊橋~浜松間に鉄道を敷設しようとする計画が3つあった。1つは遠三軌道で,旧東海道を並走し,浜松から舞阪~新居~白須賀~二川を経由し,豊橋の柳生橋あたりまで至る計画であった。しかし,浜名湖の架橋工事が困難なことからとり ...
平井信号場(宝飯(ほい)郡小坂井町平井) とは(豊橋百科事典より)
ひらいしんごうじょう 平井信号場は,昭和2(1927)年6月1日,愛知電気鉄道(名古屋鉄道)が豊川鉄道(飯田線)の吉田(豊橋)駅へ乗り入れたとき,豊橋起点3.9㎞地点から分岐する位置に設置された信号場である。愛知電気鉄道の上り線は豊川鉄道の下り線をオーバークロス ...
名古屋鉄道 とは(豊橋百科事典より)
なごやてつどう 昭和10(1935)年8月1日,愛知電気鉄道と名岐鉄道が合併して,名古屋鉄道が成立した。愛知電気鉄道は,大正6(1917)年3月19日,有松線の神宮前~笠寺間が開通し,順次線路を延長して,同15(26)年4月1日,豊橋線東岡崎~伊奈信号所~小坂井間が開通し, ...
豊橋駅(豊橋市花田町西宿) とは(豊橋百科事典より)
とよはしえき 豊橋駅は,明治21(1888)年9月1日に,東海道線の浜松~大府間の開通に伴い,渥美郡花田村西宿(花田町西宿,東京起点293.6㎞)に開業した。なお,東海道線は,明治22(1889)年7月1日に,新橋~神戸間が全通した。 明治30(1897)年7月15日に,豊川鉄道の吉 ...
豊川の鉄橋 とは(豊橋百科事典より)
とよがわのてっきょう 豊川に明治21(1888)年,東海道線(単線)の鉄橋が架設され,同41(08)年,複線化(下り線架設)した。この間,豊川鉄道(飯田線下り線)の架設は,明治30(1897)年,資本金40万円を50万円に増資して,下地町起点を花田村(豊橋市花田町西宿)豊橋 ...
豊川鉄道 とは(豊橋百科事典より)
とよかわてつどう 明治29(1896)年1月24日,豊川鉄道株式会社に私設鉄道敷設免許状が下付され,同29(96)年2月1日,豊川鉄道株式会社創立,取締役社長横山孫一郎(1846~1911),同29(96)年,起点を下地から花田村に変更(資本金を50万円とする),豊橋停車場(明治32 ...
線路共用 とは(豊橋百科事典より)
せんろきょうよう 名古屋鉄道名古屋本線とJR東海の飯田線は,豊橋―平井分岐点(小坂井)間3.8㎞で線路を共用している。このような例は,全国的にも極めてまれである。これは名古屋鉄道の前身であった愛知電気鉄道が,昭和2(1927)年6月1日,豊橋に進出した際,単線で営業 ...
終着駅 とは(豊橋百科事典より)
しゅうちゃくえき 豊橋駅の飯田線と名鉄名古屋本線は,頭站(とうたん)式の始発駅・終着駅である。豊橋駅の東海道線は,明治21(1888)年の開業以来,通過駅であった。しかし,近年電車のこま切れ運転が増加して,豊橋駅で折り返すものが増加して,乗り継がなければならなく ...
愛電の超特急 とは(豊橋百科事典より)
あいでんのちょうとっきゅう 愛知電気鉄道(名古屋鉄道)の豊橋線は,昭和2(1927)年6月1日,神宮前~吉田(豊橋)間が全通した。昭和5(1930)年9月20日には,この線を超特急「あさひ」が神宮前~吉田(豊橋)間を57分で結んだ。超特急という名称は特急よりも速いことを ...
藍川清成 とは(豊橋百科事典より)
あいかわ・きよなり(1872~1948) 藍川清成は,明治5(1872)年4月15日,岐阜県厚見郡小熊村(岐阜市)の弁護士藍川清通の長男として生まれた。東京帝国大学卒業後,名古屋で弁護士を開業し,名古屋電燈・伊藤銀行の顧問弁護士となり,名古屋弁護士会会長にも推された。愛 ...