愛知豊橋市長坂なおと のblog

ブログ総アクセス数600万超。最年少・無所属で2015年の豊橋市議選に新人トップ当選(全体8位)、2019年現職トップで再選(同2位)。2023年歴代最多得票にて3選。現在、豊橋市長(戦後最年少)。地元・豊橋のこと、地域のこと、まちなかのこと、市役所・市議会のこと、ニュースを見て思ったこと、いつも考えていること、そして、地元・豊橋のことなどを書いていきます。~住んでほの国、失敗ええじゃないか~ ※本ブログは個人の見解であり、組織を代表するものでありません

タグ:天伯

みかずきぐさ  ミカズキグサ(カヤツリグサ科)は,多年生の草本である。湿地に生える植物で,春に線状の葉を多数出す。夏には株の中から花茎を伸ばし,高さは30㎝程度になる。茎の先端に密に詰まった花を穂状に,3個程度つける。穂は白く,熟すと茶色になる。ミカズキグサ ...

べるでぃ  ベルディは,杉浦豊作によって昭和50(1975)年,豊橋市吉川町に園芸用資材の販売会社として設立された。昭和57(1982)年から,メリクロン(メリステム・ティシュー[成長点組織]のメリと,クローン[栄養繁殖された遺伝的に同一固体]という言葉の合成語)研究 ...

ぶっこうじ  平成山仏光寺(曹洞宗)は,昭和31(1956)年天伯町の勢徳寺の大橋透関師が大清水の開拓民布教のため,バラックの礼拝堂を建立したのがはじまりである。昭和63(1988)年土地を購入,平成2(1990)年本堂兼庫裏(くり)を建設,落慶法要を行い,本尊釈迦如来像を ...

ひめたいこうち  ヒメタイコウチ(タイコウチ科)は水生昆虫で,体色は暗褐色,体長は20㎜前後である。体は扁平(へんぺい)で,腹端に長い呼吸管をもち,捕まえると太鼓をたたくように前脚を交互に動かす。池や水田などに生息し,昆虫・オタマジャクシ・小魚などを捕食する。 ...

ひがしやま  東山は,豊橋市の東部,弓張山系の南端にある標高258mの里山で,松明山(たいまつやま)または松明峠ともよばれている。豊橋市視聴覚センター・地下資源館付近より山頂に至る1.5㎞の東山自然歩道支線が整備され,山頂で豊橋自然歩道本線に接続している。本線を北 ...

ぬまがやぐんらく  ヌマガヤ群落は,湿地に生える多年生草本の群落で,ヌマガヤを優占種としている。ヌマガヤはイネ科の多年生の植物で,ヌマガヤのほかにはミカズキグサ・カモノハシ・チゴザサ・サワシロギク・ノギランなどが生える。土壌条件によっては,この群落中にトウ ...

なんぶちゅうがっこう  豊橋市立南部中学校は,昭和22(1947)年4月,6・3制移行に伴い,福岡教場(福岡小学校)・高師教場(高師小学校)・磯辺教場(磯辺小学校)に分散して,南部第一中学校として発足し,校地を豊橋兵器支廠(ししょう)跡(豊橋市北山町東浦)に求めて校 ...

とよはしだんきゅうめん  豊橋段丘面は,豊川(とよがわ)左岸の下流部に,更新世(およそ170万年前~1万年前)に形成された礫(れき)層と砂層からなる複数の段丘面のうち,最も下位にある段丘面をいう。この下位段丘上に永正2(1505)年,今橋(豊橋)城が築かれて城下町が形 ...

とよはしぎじゅつかがくだいがく  昭和49(1974)年度政府予算案で,同38(63)年から各県に設置された国立工業高等専門学校の卒業生を大学第3年次に編入するための技術科学大学院を豊橋と長岡に設置することが決定した。昭和51(1976)年5月,豊橋技術科学大学の新設が公布 ...

⇒ 高師原・天伯原の開拓 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog h ...

てんぱくばら  「天伯原」(天伯原開拓50周年記念誌刊行委員会 平成7年)は,天伯原開拓50周年の記念事業として,刊行された。「天伯原」は第2次世界大戦後,旧軍用地であった天伯原に入植した開拓者たちの開拓の記録をまとめたものである。入念な入植者からの聞き取りと天 ...

てんぱくばら  天伯原は,豊橋市の南部,梅田川以南から太平洋岸まで広がる洪積台地で,渥美半島の基部にあたる。標高は太平洋岸が80m~60mと高く,北西の三河湾に向かって低くなり,標高20mほどになる。天伯原の形成は,梅田川以北の高師原よりも古く,原型面はほとんど侵 ...

⇒ 西瓜 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog http://nagasakana ...

てんぱくじんじゃ(もとてんぱく)  元天伯の天伯神社は,明治末期に軍用地の一隅を開拓し元天伯集落を開村し,秋葉神社・伊勢神宮を勧請して氏神としたものである。昭和28(1953)年社殿を造営した。 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとう ...

てんぱくじんじゃ(はたけだ)  (畑ヶ田)天伯神社は,正和元(1312)年創建されたと伝えられ,宇賀魂命(うかのみたまのみこと)を祀る畑ヶ田の産土神(うぶすながみ)である。 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページ ...

てんぱくしょうがっこう  豊橋市立天伯小学校は,昭和25(1950)年1月,豊橋市天伯町天伯に高師小学校の分校として開設され,同29(54)年,校舎が建設された。昭和30(1955)年4月,高師小学校区の天伯町・東高田町・南高田町を校区として分離独立した。昭和38(1963)年, ...

てんぱくしっちのしぜん  洪積台地である天伯台地の一角に,天伯山神社(豊橋市天伯町豊受)が建っている。その東斜面が天伯湿地になっており,面積は800㎡ある。この湿地の植生は,シラタマホシクサ群落,ヌマガヤ群落,アンペライ群落,イワヒメワラビ群落,ヤワラシダ群 ...

てんぱくさんじんじゃ  天伯山神社は,昭和22(1947)年,第2次世界大戦後天伯原の陸軍演習場に入村した人たちが社を建てて天照大神を祀り,南高田(天伯町南高田地区)の氏神としたものである。昭和50(1975)年社殿を造営し,境内に開拓記念館が建てられた。 - - 豊橋 ...

てんぱくえんしゅうじょうかんてきじょ  天伯原陸軍演習場は,豊橋市の南部にひろがる天伯原台地一帯に設置されていた。面積約2740haに及ぶ。演習場のほぼ中央,豊橋市東七根町字稲場,浜田川左岸丘陵縁には,天伯原陸軍演習場の監的所が,平成15(2003)年まで残っていた。 ...

つつじ  ツツジは,ツツジ科の植物の総称で,多くの品種がある。昭和35(1960)年,豊橋市の花に指定された。古くから多くの園芸品種が作り出されているが,豊橋市内に多く植えられているのはヒラドツツジである。ヒラドツツジは,長崎県の平戸で複雑な交配により作り出され ...

たかしばら・てんぱくばらのかいたく  高師原・天伯原の開拓は,第2次世界大戦後の深刻な食糧事情を解決するためと戦災・復員・引揚者の就農のために,軍用地4825haを民間へ解放することにより始められた。JR東海道線・豊橋鉄道渥美線・梅田川に囲まれた高師原は,標高20~3 ...

たかしばら  高師原は,豊橋市街地南部の柳生川と梅田川の間に広がる東西約6㎞・南北約4㎞の洪積層の台地である。「たかし」の地名は,平安時代の「倭名類聚鈔」にある「渥美郡高芦(たかし)」によるものとされる。それは,古来から歌にも詠まれてきた。高師原は,南接する天 ...

たかしだいちゅうがっこう  豊橋市立高師台中学校は,昭和49(1974)年4月,西幸町浜池(開拓指導所跡)に,南部中学校から分離して,高師小学校・天伯小学校を校区として設立された。昭和54(1979)年,幸(みゆき)小学校,同56(81)年,芦原小学校が新設されて校区となっ ...

たかししょうがっこう  豊橋市立高師小学校は,明治6(1873)年7月,第10中学区第10番小学脩徳学校として,高足(たかし)村の高林寺に,高足村・森田新田・藤並新田・小松新田・山田村・佐藤村・小池村・橋良(はしら)村・小浜村を校区とし,橋良に分場(小池・小松・橋良・小 ...

だいちはかたる  「大地は語る」(池田芳雄 昭和60年)は,池田芳雄が昭和37(1962)年の「新城市誌」に掲載した地学関係著作・論文50編と,愛知県農地林務部自然保護課の自然環境保全に関する調査報告書を加えた合計100編以上の著作の中から,東三河にしぼって「東愛知新 ...

だい15しだんゆうち  第15師団の誘致は,明治40(1907)年3月に持ち上がった。市制施行直後の豊橋市の将来発展策を模索している時であり,大きな期待が寄せられた。陸軍省は,日露戦争(1904~05)後,4個師団を増設すると発表した。そのうち1個師団は東海道筋に設置すると ...

だいげんほうしときつね  昔,大玄法師という坊さんが高林庵(豊橋市西高師町)にいた。ある時,大玄が南の浜に行くのに,野依(のより)(豊橋市野依町)を過ぎ,天伯原(豊橋市天伯町)に出ると,狐がたくさん遊んでいるのに出くわした。大玄は突然,持っていた法螺貝(ほら ...

せっかい  豊橋地方での石灰製造は,石灰岩を産出する石巻山を中心とする八 名(やな)郡嵩山(すせ)村(豊橋市嵩山町)と牛川村(豊橋市牛川町)で,江戸時代から焼製されていた。石灰岩は,石垣用材や石灰,セメント,肥料など用途は広い。近代化が進むにしたがって,セメン ...

せいとくじ  瑞光山勢徳寺(曹洞宗)は,はじめ相楽村(蒲郡市)にあって,天台宗御堂山全福寺(鎌倉時代の三河七御堂の一)の12末寺の1寺であった。江戸時代,大塚村(蒲郡市)出身の鶴翁芳宿和尚は御堂山再建を発願し,12末寺中の養円寺(蒲郡市相楽町)と勢徳寺を再建し ...

すいか  スイカは,豊橋では明治の中ごろから天伯地区で栽培が始まった。第2次世界大戦後,開拓地を中心に栽培が広まり,「天伯すいか」として生産が確立した。その後,南部地域では昭和30年代から始まったトンネル栽培により,本格的な産地となった。5月から8月にかけて出 ...

しろへりくちぶとかめむし  シロヘリクチブトカメムシ(カメムシ科)は,体長17㎜くらいのカメムシで,体色は茶色,白い縁どりがある。肩(側角)が発達しており,鋭い棘(とげ)のようになっていて,刺されると痛いが,襲われることはないし,棘に毒はない。行動はゆっくりし ...

しせいしこうから100ねん  豊橋が全国62番目の市として市制を施行したのは明治39(1906)年8月1日である。明治21(1888)年,東海道線大府~浜松間の開通に伴い,豊橋駅が開業した。明治30(1897)年,豊川鉄道(飯田線),大正14(1925)年,渥美電鉄(豊橋鉄道渥美線), ...

さぎそう  サギソウ(ラン科)は,多年生草本である。湿地に生える植物で,春先に細長い,肉厚の葉を2枚出す。根は少数で太く,小球を持つ。初夏に,その中央から30㎝ほどの1本の花茎を伸ばす。夏にはその先端に1~2個の2~3㎝の花をつける。色は純白で,形は白鷺が羽を広 ...

こうせきだいち  洪積台地は,更新世(約170万年前~1万年前)に形成された地層からなる台地である。一般的には沖積平野または海と山地との中間に分布する。豊橋では,豊川(とよがわ)左岸に河岸段丘として広く分布している。その下位段丘は豊橋段丘と称され,豊橋市街地の ...

かきはら・はるじ(1917~2006)  柿原春次は,大正6(1917)年佐賀県に生まれた。明治大学法学部に進んだが兵役に服し,第2次世界大戦後復員して,豊橋市天伯原で開拓に従事する。昭和25(1950)年豊橋開拓農業協同組合長となり,翌26(51)年から豊橋市議会議員に連続6期 ...

かいたくしどうしょ  開拓指導所は,農地開拓と失業対策の基地として設置された。昭和20(1945)年9月,愛知県農業会は,愛知県内旧陸軍演習地800町歩,御料林借り上げ地2000町歩の開墾計画を立て戦後就農対策実施要綱を決定した。戦災者・海外引揚者・復員者・失業者の就農 ...

おおしみずしょうぶえん  大清水しょうぶ園は,昭和59(1984)年,渥美線大清水駅南東の藤ヶ谷憩いの農園・開拓農園内に創設された。天伯台地の末端部にあたるこの辺りは,広大な湿地があり花菖蒲などが群生していたが,軍用地化により消滅してしまった。それを地元民の努力 ...

えぞかたびろおさむし  エゾカタビロオサムシ(オサムシ科)は,暖地性の海浜種で,7月ごろから灯火に飛来してくる大型種のオサムシである。体色は黒色であり,翅(はね)には銅色の「てかり」とはっきりした点刻があり,体長は35㎜くらいである。オサムシの仲間でも臭(にお) ...

うめだがわ  梅田川は,梅田川水系の基幹をなす二級河川(愛知県管理)である。静岡県境に近い豊橋市雲谷(うのや)町から流れ出した半尻川(豊橋市域の延長1400m)が,静岡県湖西市梅田で梅田川と改称し(静岡県内延長1320m),豊橋市中原町で南方から流れて来た境川(延長47 ...

いわやさん  岩屋山は,豊橋市大岩町にある標高78.2mの独立峰で,火打石として利用されたチャートから成る岩山である。弓張山系の最南端にあたり,岩山には登攀(とうはん)ルートが整備されていて山頂に至る。この岩場には,大正12(1923)年に,「花・ベルツ(ベルツ博士夫 ...

いかりぶたい  怒部隊は,正式名称を第73師団,通称号を「怒」といった。怒部隊は昭和19(1944)年末ごろから,米軍の上陸が予想された豊橋の高師原・天伯原および浜名湖以西の海浜に陣地構築し,本土防衛の任についていた。第73師団は昭和19(1944)年7月,警備師団として ...

あつみはんとう  渥美半島は,豊橋市の南部から西の方向へ約40㎞延びて伊良湖岬に至っている。半島の骨格は,中央構造線と平行に東西方向に走る中古生層の岩塊で,南側(太平洋側)が隆起し,北側(三河湾側)にゆるく傾斜している。そのため,太平洋岸は標高約60mの海食崖 ...

あいちけんどう405ごう  愛知県道405号(小松原街道)は,大正4(1915)年に認定された軍事国道の国道特4号であり,昭和34(1959)年12月15日,地方道(愛知県道405号)に認定された。豊橋市小池町西海戸(にしかいど)の国道259号(田原街道)小池跨線橋(こせんきょう)南より ...

あいちけんかいたくし  「愛知県開拓史」(愛知県 昭和53・55・56年)は,戦後開拓地区誌編・通史編・戦後開拓資料編の3巻で,昭和初年から,第2次世界大戦後の愛知県内旧軍用地や御料林の開拓の歴史や苦労などが記されている。 第2次世界大戦終戦直後の,昭和20(1945) ...

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