愛知豊橋市長坂なおと のblog

ブログ総アクセス数600万超。最年少・無所属で2015年の豊橋市議選に新人トップ当選(全体8位)、2019年現職トップで再選(同2位)。2023年歴代最多得票にて3選。現在、豊橋市長(戦後最年少)。地元・豊橋のこと、地域のこと、まちなかのこと、市役所・市議会のこと、ニュースを見て思ったこと、いつも考えていること、そして、地元・豊橋のことなどを書いていきます。~住んでほの国、失敗ええじゃないか~ ※本ブログは個人の見解であり、組織を代表するものでありません

タグ:名古屋新聞

わたなべ・ときお(1907~79)  渡辺登喜雄は,明治40(1907)年3月11日,八名郡大野町(南設楽郡鳳来町大野)の渡辺寅吉の長男として生まれた。昭和2(1927)年,青山学院英文科を卒業し,名古屋新聞の記者となる。昭和19(1944)年,中部日本新聞出版部長を最後に退社,一 ...

まるち・こうのすけ(1886~1972)  丸地幸之助は,明治19(1886)年12月8日,渥美郡東田村(豊橋市東田(あずまだ)町)西郷に生まれた。古城と号した。大正3(1914)年から同10(21)年,名古屋新聞豊橋支局長を務め,同13(24)年,豊橋市会議員に当選した。昭和4(1929) ...

ふじなみ・かずや(生没年不詳)  藤波一哉は,渥美郡伊良湖岬村(渥美町)の出身で,本名を泰吉,別号を参洋といった。早稲田法律学校を卒業し,豊橋で弁護士を開業した。学生時代から俳句を好み,佐野蓬宇(ほうう)晩年の門人となり,蛙流(ありゅう)と号した。その後,明治 ...

とうさんしんじんかい  東三新人会は,昭和6(1931)年,小山三郎(大衆新聞),碓井不二男(大衆新聞),鈴木充(参陽新報),山本勇夫(名古屋新聞),田中廉平(豊橋新報),浅井弥之助(新朝報),佐藤長吉(新朝報),岩瀬正雄(詩人)の8人により結成され,東京帝国大 ...

たかの・やさぶろう(1886~1943)  鷹野弥三郎は,明治19(1886)年8月14日,長野県南佐久郡豊里村(長野県南佐久郡小海町豊里)の鷹野今朝三郎の3男に生まれた。明治40(1907)年,松島十湖翁伝編集主任・遠江(とおとうみ)新聞静岡公報嘱託として浜松に来住した。明治41( ...

すずき・たかし(1908~2000)  鈴木充は,明治41(1908)年9月4日,渥美郡赤羽根村(田原市)に生まれた。昭和3(1928)年ハルビン学院を卒業し,同8(33)年名古屋新聞社入社,同14(39)年豊橋支局長,同17(42)年中部日本新聞社大津支局長となった。昭和28(1953)年編 ...

しんぶんしゃのしきょく  豊橋市に支局または通信部を設けた新聞社として,「豊橋市市政施行二十年誌」に,名古屋新聞社 豊橋支局 明治41年(中八町)新愛知新聞社 豊橋支局 明治41年(中八町)大阪毎日新聞社 豊橋通信部 大正14年(中八町)大阪朝日新聞社 豊橋通信 ...

いちぐう  「一隅」は,大正3(1914)年1月1日鷹野弥三郎(名古屋新聞豊橋支局長)と妻の次子を中心にした一隅同人によって創刊された文芸同人誌である。翌大正4(1915)年9月の第10号の刊行まで継続した。発行所は鷹野の居住した豊橋市中八町,発売所は豊川堂(ほうせんど ...

あさい・ひでお(1901~72)  浅井秀雄は,明治34(1901)年6月25日,三重県の鳥羽に生まれた。10歳のころ,豊橋市八町に移住した。大正デモクラシー時代,いち早く社会主義運動に参加した。初め名古屋新聞豊橋支局に勤務し,後に読売新聞豊橋通信部主任となった。八町高等 ...

↑このページのトップヘ