よしだ 吉田は豊橋の旧称である。その名は古く,天慶3(940)年に伊勢神宮の神戸が飽海(あくみ)郷に置かれ,その後この中に吉田御園を設置したとあることから,すでに平安時代に吉田と呼ばれていた地域があったことを示している。 一方,永正2(1505)年に牧野古白が築い ...
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東光寺(豊橋市向草間町向中) とは(豊橋百科事典より)
とうこうじ(むこうくさま) 医王山東光寺(曹洞宗)は,もと真言宗で,八名井(新城市)にあった吉祥山今水寺の末寺であったと伝えられる。第2世底岳徹公監院(?~1563)の時禅宗に改宗,開山第1世とし,竜拈寺(りゅうねんじ)第14世明尊和尚(?~1653)の時に竜拈寺末と ...
積石塚古墳(豊橋市石巻平野町) とは(豊橋百科事典より)
つみいしづかこふん 積石塚古墳は,土ではなく石を主に使用して墳丘を築いた古墳である。中国東北部および朝鮮半島に存在することから,日本国内にあるものは渡来系氏族の墓制とする説が有力である。東三河地域では豊橋市北部の吉祥山塊を中心に積石塚古墳が分布しており, ...
聖眼寺(豊橋市下地町三丁目) とは(豊橋百科事典より)
しょうげんじ 聖霊山聖眼寺(真宗高田派)は,平安時代に慈覚大師の創立した天台宗の寺で八名郡八名井郷吉祥山麓(新城市)にあった。嘉禎元(1235)年住持行円が浄土真宗の開祖親鸞聖人に面謁(めんえつ)し,真宗に改宗し,下地(豊橋市下地町北村)の地に寺を移し,慶長9 ...
珠光院(豊橋市大村町下河原) とは(豊橋百科事典より)
しゅこういん 住吉山珠光院(曹洞宗)の創立は,不明であるが,元は真言寺院で,八名(やな)郡の吉祥山の麓(新城市)にあった。兵火のため焼失したので,時の住持大心宗綱法印は,高野山救聞院(和歌山県)から伝恵心僧都作の不動明王を勧請して,天文11(1542)年現在の地 ...
吉祥山の自然 とは(豊橋百科事典より)
きちじょうさんのしぜん 吉祥山は,豊橋市と新城市にまたがる標高382.1mの山である。北尾根にはスダジイの巨木からなる照葉樹林があり,この中には吉祥天を祀る祠(ほこら)がある。斑糲(はんれい)岩などが圧力を受け再結晶してできた角閃石片岩(かくせんせきへんがん)から成 ...
吉祥山(豊橋市石巻西川町・新城(しんしろ)市一鍬田(ひとくわだ)) とは(豊橋百科事典より)
きちじょうさん 吉祥山は,豊橋市石巻西川町吉祥と新城市一鍬田との境界の里山である。東西にやや長い円形の独立峰の頂上には,三角点(382.1m)がある。この山の北尾根の中腹に,かつて今水寺という寺院があって吉祥天を祀ったのが山名の由来である。この北尾根にはシイの ...
加納寺(豊橋市賀茂町比丘尼谷) とは(豊橋百科事典より)
かのうじ 城照山加納寺(真言宗醍醐派)は,もと石上院といった。創立は文正元(1466)年,開山は石上院京山宮本法印で,八名郡吉祥山の真言宗今水寺末であった。今水寺の衰退後,醍醐三宝院門下の修験寺となった。4世林昌法印の時,兵火に遭遇して伽藍(がらん)をことごと ...
間川 とは(豊橋百科事典より)
あいだがわ 間川は,豊川(とよがわ)水系に属する一級河川で,豊橋市石巻萩平町と新城市富岡の大原地区が接する吉祥山の南麓から流れ出し,途中で割田川(延長1190m),吉祥川(延長1930m),安川(延長4550m),郷道川(延長3150m)などと合流し,豊橋市石巻西川町・賀茂町 ...