ほうとくにのみやじんじゃ 報徳二宮神社は,昭和13(1938)年第八弥栄(いやさか)(豊橋市東細谷町)に入村した人たちが,同27(52)年小田原の二宮尊徳を勧請して建立したものである。 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 ...
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報徳社 とは(豊橋百科事典より)
ほうとくしゃ 報徳社は,江戸末期の篤農家であった二宮尊徳(金次郎)の勤倹仕法の流れをくむ民間の運動・結社である小田原報徳社がはじめとされる。東三河地方では,八名郡の農家の間に広まった。運動の柱は,至誠・勤労・分度・推譲の4則を本義とし,精神面を強調するも ...
二宮金次郎像(豊橋市立前芝小学校) とは(豊橋百科事典より)
にのみやきんじろうぞう 第2次世界大戦前,多くの小学校には二宮金次郎(尊徳)像が建立された。豊橋市立前芝小学校の像は全国でその第1号といわれている。大正13(1924)年1月26日,皇太子の御成婚記念として,前芝村(豊橋市前芝町)の加藤六蔵が寄贈したものである。像 ...
弥栄 とは(豊橋百科事典より)
いやさか 愛知県は県内の不良土開発集落の建設を企て,第1弥栄~第8弥栄および4か所の富山(とみやま)を建設した。 昭和6(1931)年第2弥栄10戸が渥美郡二川町三弥・同10(35)年二川富山5戸が定着した。昭和12(1937)年には伊勢皇太神宮を勧請した弥栄神社を建立した。 ...