愛知豊橋市長坂なおと のblog

ブログ総アクセス数600万超。最年少・無所属で2015年の豊橋市議選に新人トップ当選(全体8位)、2019年現職トップで再選(同2位)。2023年歴代最多得票にて3選。現在、豊橋市長(戦後最年少)。地元・豊橋のこと、地域のこと、まちなかのこと、市役所・市議会のこと、ニュースを見て思ったこと、いつも考えていること、そして、地元・豊橋のことなどを書いていきます。~住んでほの国、失敗ええじゃないか~ ※本ブログは個人の見解であり、組織を代表するものでありません

カテゴリ:21-軍事

⇒ 歩兵第18聯隊 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog http://na ...

⇒ 学徒勤労動員 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog http://na ...

きんろうていしんたい  昭和18(1943)年9月,14歳より25歳未満の未婚女性を勤労挺身隊として動員することが閣議決定された。昭和19(1944)年2月には,豊橋市長近藤寿市郎は女子勤労挺身隊結成を町内会長宛に通達した。昭和19(1944)年3月には,卒業を控えた女学校では, ...

⇒ 陸軍教導学校 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog http://na ...

⇒ 騎兵第4旅団 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog http://nag ...

きへいだい19れんたい  騎兵第19聯隊は,明治41(1908)年11月,豊橋に陸軍第15師団が設置された時,他の部隊とともに,渥美郡高師村福岡に置かれた。大正14(1925)年3月,陸軍は第15師団を廃止し,騎兵第19聯隊も廃止された。廃止された騎兵第19聯隊跡地は,昭和6(1931) ...

きへいだい4りょだん  騎兵第4旅団は,明治42(1909)年7月,渥美郡高師村に,第15師団と隣接して設置された。日本の騎兵軍団は秋山好古が創設育成し,日露戦争中,騎兵第1旅団と同第2旅団は満州の戦野で活躍し,陸戦における日露戦争勝利の一因となった。戦後,陸軍はロシ ...

がくときんろうどういん  昭和19(1944)年4月,中等学校(中学校・高等女学校・実業学校)の3年生以上の生徒に対して,軍需工場での通年の勤労動員が実施された。昭和19(1944)年10月には,中等学校低学年(1・2年生)の通年動員が実施された。低学年には月給30円,高学 ...

かいぐんこうくうたいぼうくうごう  豊橋海軍航空隊基地の隧道(ずいどう)式倉庫は,第2次世界大戦中,本土決戦に備えて掘鑿されたものである。豊橋海軍航空隊基地でも対策がはかられた。基地の対岸にあたる豊橋市大崎町城戸中では,海に面した丘陵西縁の崖面に隧道式倉庫, ...

かいぐんこうくうたい  豊橋海軍航空隊は,昭和13(1938)年から大崎島・大津島に海軍航空隊基地が造成され,同18(43)年4月1日開隊し,同年6月から第22空襲部隊第6部隊となった。海軍航空隊の開隊に先立ち,昭和14(1939)年から同18(43)年4月までに,1500m×100mの ...

⇒ 老津飛行場の飛行機用掩体 - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のbl ...

おいつひこうじょうのひこうきようえんたい  飛行機用掩体とは,飛行機置き場のことである。陸軍老津飛行場は,豊橋市南大清水町にあった。敷地は,北東-南西1000m,北北西-南南東1000mの逆L字形をしている。昭和18(1943)年1月,航空本部直轄で飛行場構築のための研究と ...

いかりぶたい  怒部隊は,正式名称を第73師団,通称号を「怒」といった。怒部隊は昭和19(1944)年末ごろから,米軍の上陸が予想された豊橋の高師原・天伯原および浜名湖以西の海浜に陣地構築し,本土防衛の任についていた。第73師団は昭和19(1944)年7月,警備師団として ...

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