ちょうど一年前の今日、人生最大の不幸に遭遇しました。 たぶん僕はあと半世紀くらい生きると思うけど、愛する家族の死を除けば、振り返ってもきっと三本の指に入る不幸。 この一年、今でも毎日毎日、その不幸が頭と心にまとわりついて離れない。
悲しみ、怒り、落胆、悔い、喪失、考えられるありとあらゆる負の感情が一度に襲ってくる。 「我を忘れる」という経験も初めてだったし、「死にたい」と思ったのも初めてだった。 内蔵がいくつかなくなってしまったんじゃないかと思うほど、腹に落ちる喪失感。 眠ることもできなければ、起き上がることもできない。 何も食べたくない、食べる気がしない。 生気を失う、というのはまさにこういうことなのだ。 このときほど、親の食事に感謝したことはない。 今、立ち上がっていられるのも、社会生活を営んでいられるのも、そのお陰。 あれがなかったら、何も食べずに、あのまま死んでいたかもしれない。 そして、あのとき優しい言葉をかけてくれた友人たちにも最大の感謝を。
■
思い返すのは、光市母子殺害事件の本村洋さんや、3.11.で「避難が十分でなかった」と保育園や勤め先の銀行を訴えている遺族の方々。 熱心に訴えても、亡くなった方が生き返ることはない、後者は訴えそのものが理不尽だ、と思うこともあった。 けれども、考えが変わった。 そんなことはきっと遺族の方々も十分にわかっている。 とは言っても、この行き場のない、大きな大きな負の感情の塊を抱えたままでは、自分が潰れてしまう。 理詰めで考えればわかっているけれども、世の中そればかりでない。 同様に、「お金がほしいわけではない、謝罪の言葉を」という人たちの気持ちも。
更に、思いを馳せるのは、第二次世界大戦の経験者や、3.11.で、家も、仕事も、家族も失った方々。 彼らをテレビなどでお見かけする度、今彼らが生きて元気に生活をされているだけで奇跡のように感じる。 もし、僕が同じ目にあったら、きっともう立ち上がることができない。 あれだけの不幸に遭遇して、どうして彼らは再び生きていけるのか。 涙を流している姿でも胃が痛むのに、それ以上に笑顔なんかを見たときには、眩しささえ感じる。
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一年前の今日、きっと僕は人として大切なものを失った。 そして、一年かけて、別の、人として大切なものを得ている気がする。 「人の痛みがわかるように」という言葉があるけれども、痛みを伴わずに、痛みを知ることはできない。 本村さんにしても、3.11.第二次世界大戦の被災者、被害者にしても、間違いなく僕が感じた以上の痛みを伴っている。 だから今、彼らが生きているだけで、まず彼らに敬意を念を抱いてしまう。 そして一方、軽々しく「人の痛みがわかる」なんて言っちゃいけない。 人の想像力には限界がある。 ましてや、痛みは頭でなく、身体で感じるもの。 だからといって、人の痛みをわかるために、自分が経験したような痛みを、自分の身近な人たちにしてほしいとは思わない。 人の痛みがわからなくてもいいから、そういう痛みを経験しないで済む方がよっぽどいい。
ただ、同じような痛みを経た人とは、よりおいしい酒が飲めそうな気がする。
では。

悲しみ、怒り、落胆、悔い、喪失、考えられるありとあらゆる負の感情が一度に襲ってくる。 「我を忘れる」という経験も初めてだったし、「死にたい」と思ったのも初めてだった。 内蔵がいくつかなくなってしまったんじゃないかと思うほど、腹に落ちる喪失感。 眠ることもできなければ、起き上がることもできない。 何も食べたくない、食べる気がしない。 生気を失う、というのはまさにこういうことなのだ。 このときほど、親の食事に感謝したことはない。 今、立ち上がっていられるのも、社会生活を営んでいられるのも、そのお陰。 あれがなかったら、何も食べずに、あのまま死んでいたかもしれない。 そして、あのとき優しい言葉をかけてくれた友人たちにも最大の感謝を。
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思い返すのは、光市母子殺害事件の本村洋さんや、3.11.で「避難が十分でなかった」と保育園や勤め先の銀行を訴えている遺族の方々。 熱心に訴えても、亡くなった方が生き返ることはない、後者は訴えそのものが理不尽だ、と思うこともあった。 けれども、考えが変わった。 そんなことはきっと遺族の方々も十分にわかっている。 とは言っても、この行き場のない、大きな大きな負の感情の塊を抱えたままでは、自分が潰れてしまう。 理詰めで考えればわかっているけれども、世の中そればかりでない。 同様に、「お金がほしいわけではない、謝罪の言葉を」という人たちの気持ちも。
更に、思いを馳せるのは、第二次世界大戦の経験者や、3.11.で、家も、仕事も、家族も失った方々。 彼らをテレビなどでお見かけする度、今彼らが生きて元気に生活をされているだけで奇跡のように感じる。 もし、僕が同じ目にあったら、きっともう立ち上がることができない。 あれだけの不幸に遭遇して、どうして彼らは再び生きていけるのか。 涙を流している姿でも胃が痛むのに、それ以上に笑顔なんかを見たときには、眩しささえ感じる。
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一年前の今日、きっと僕は人として大切なものを失った。 そして、一年かけて、別の、人として大切なものを得ている気がする。 「人の痛みがわかるように」という言葉があるけれども、痛みを伴わずに、痛みを知ることはできない。 本村さんにしても、3.11.第二次世界大戦の被災者、被害者にしても、間違いなく僕が感じた以上の痛みを伴っている。 だから今、彼らが生きているだけで、まず彼らに敬意を念を抱いてしまう。 そして一方、軽々しく「人の痛みがわかる」なんて言っちゃいけない。 人の想像力には限界がある。 ましてや、痛みは頭でなく、身体で感じるもの。 だからといって、人の痛みをわかるために、自分が経験したような痛みを、自分の身近な人たちにしてほしいとは思わない。 人の痛みがわからなくてもいいから、そういう痛みを経験しないで済む方がよっぽどいい。
ただ、同じような痛みを経た人とは、よりおいしい酒が飲めそうな気がする。
では。
