あくみいせき

 飽海遺跡は,豊橋公園(豊橋市今橋町)を中心におよそ東西1㎞,南北500mの範囲に広がる弥生時代から中世にかけての大規模な遺跡である。大部分は中世~近世の吉田(豊橋)城址と重なっており,吉田城の発掘調査に伴い調査が行われているが,遺跡の詳しい内容はわかっていない。

 豊橋市内では唯一の古墳時代前期の銅鏃(どうぞく)が出土しており,吉田城の築城に際して大型の古墳が壊された可能性が考えられる。

 古代の倉庫と考えられる大型で総柱の掘立柱建物が見つかっており,当時の渥美郡の役所に関係する倉庫である可能性がある。これ以外にも掘立柱建物や竪穴住居も広い範囲で見つかっている。出土遺物では,特に9世紀ごろの高級食器である緑釉(りょくゆう)陶器が広い範囲で出土している。

 中世では,集落を囲む溝や建物跡などが確認されており,規模の大きな屋敷があったことがうかがえる。

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豊橋市議の長坂です。
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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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