せいねんがっこう
青年学校は,昭和10(1935)年,青年学校令によって設置された。小学校を卒業後,勤労に従事する青年を対象とした施設である。普通科(2年)・本科(男子5年・女子3年)・研究科(1年以上)・専修科(年限を定めず)からなり,尋常小学校卒業者を普通科に,高等小学校卒業者を本科に入学させた。青年学校設置の母体として,実業補習学校(明治26年設置,修業年限3年,実業教育)と青年訓練所(大正15年設置,訓練期間4年,軍事教練)があった。いずれも,小学校に併設されていたのがほとんどで,心身の鍛錬,徳性の涵養(かんよう)並びに職業生活に必要な知識技能を授けることを目的としたが,時代の趨勢(すうせい)で軍事教育が中心となる傾向が強まっていった。昭和14(1939)年には,男子は義務制となった。
豊橋市内の青年学校は,岩田・東田(あずまだ)・八町・松葉・花田・狭間・松山・新川・下地・大村・津田・牟呂・吉田方・福岡・高師・磯辺・大崎・野依・牛川・下条青年学校など当時の小学校には,ほとんど併設されていた。青年学校は第2次世界大戦後の学制改革により,昭和23(1948)年3月に廃止された。
- -
豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
青年学校は,昭和10(1935)年,青年学校令によって設置された。小学校を卒業後,勤労に従事する青年を対象とした施設である。普通科(2年)・本科(男子5年・女子3年)・研究科(1年以上)・専修科(年限を定めず)からなり,尋常小学校卒業者を普通科に,高等小学校卒業者を本科に入学させた。青年学校設置の母体として,実業補習学校(明治26年設置,修業年限3年,実業教育)と青年訓練所(大正15年設置,訓練期間4年,軍事教練)があった。いずれも,小学校に併設されていたのがほとんどで,心身の鍛錬,徳性の涵養(かんよう)並びに職業生活に必要な知識技能を授けることを目的としたが,時代の趨勢(すうせい)で軍事教育が中心となる傾向が強まっていった。昭和14(1939)年には,男子は義務制となった。
豊橋市内の青年学校は,岩田・東田(あずまだ)・八町・松葉・花田・狭間・松山・新川・下地・大村・津田・牟呂・吉田方・福岡・高師・磯辺・大崎・野依・牛川・下条青年学校など当時の小学校には,ほとんど併設されていた。青年学校は第2次世界大戦後の学制改革により,昭和23(1948)年3月に廃止された。
- -
豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog豊橋百科事典については、下記の豊橋市サイトからもご覧いただけます。
http://nagasakanaoto.blog.jp/210125.html
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!