ちょうぜんじ(はなだ)

 万年山長全寺(曹洞宗)は,永禄3(1560)年,竜拈寺(りゅうねんじ)5世悟慶宗鶴和尚により開かれた。開基は羽田村の羽田野九郎右衛門尉と伝えられている。「三州吉田領神社仏閣記」(元禄6年)に,羽田村「禅宗,万年山長全寺,吉田竜拈寺末寺,平僧,客殿三間・弐間,境内東西廿九間・南北四十一間,右寺内弁財天,堂弐尺四方」とある。

 本尊は「羽田名蹤綜録」(享和3年)によると十一面観世音菩薩像(2尺4寸)で行基の作と記されているが,現在は聖観世音菩薩立像を祀っている。天保元(1830)年,旧堂を取り壊し,同3(32)年,岡崎城の外堀にあった某寺の本堂を譲りうけ再建した。この本堂が,明治7(1874)年1月8日「渥美郡幡太(はだ)学校」として使用され,翌8(75)年10月渥美郡最初の小学校校舎が境内に建てられた。

 昭和12(1937)年庫裏(くり),山門などが再建されたが,同20(45)年6月の空襲により山門一宇を残して全焼した。昭和54(1979)年本堂・庫裏を再建した。平成12(2000)年竜拈寺36世実山篤立和尚を法地開山に仰いで転格した。墓地には開基とされる「羽田野九郎右衛門尉」一族の墓があり,羽田野栄樹(1798~1882)の墓もある。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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