かもつせんようせん

 豊橋駅では,旧豊川鉄道船町貨物線が第2次世界大戦中増強され,昭和41(1966)年10月1日,豊橋貨物コンテナ基地となった。この間,昭和29(1954)年,豊橋駅経由飯田線で送られる佐久間ダム工事用資材輸送のため,豊橋駅に貨物引込線11本が増設された。昭和62(1987)年4月1日,JR貨物豊橋駅が発足した。しかし,平成10(1998)年,豊橋からのJR貨物のコンテナはトラック輸送化された。

 昭和17(1942)年5月12日に,開業した西豊川駅は実際には北東門乗降場まで豊川海軍工廠(こうしょう)の工員輸送を行い,豊川海軍工廠内には引込線があった。西豊川駅は,昭和31(1956)年9月15日,廃止された。しかし,国鉄豊川分工場専用線となり,昭和39(1964)年4月1日,日本車輌製造株式会社に払い下げられた。

 昭和46(1971)年には,飯田線営業体制近代化が実施され,貨物取扱駅を12駅に集約し,旅客駅化をすすめた。昭和60(1985)年3月14日,荷物営業を廃止した。平成8(1996)年9月30日,貨物輸送を全廃した(日本車輌製造関係を除く)。二俣(ふたまた)線も,昭和59(1984)年2月1日,荷物営業を廃止した。翌昭和60(1985)年3月14日,貨物運輸営業を廃止した。

 名古屋鉄道は,昭和40(1965)年9月1日,豊橋・熱田(あつた)接続の貨物連絡運輸を廃止して,名古屋臨海鉄道経由笠寺経由とした。

 渥美電鉄(豊橋鉄道渥美線)は,三河セメント専用引込線(昭和5年7月1日から同59年2月1日),大清水駅構内豊橋紡績引込線(昭和10年3月8日から同44年3月11日),高師駅構外線大日本紡績豊橋工場引込線(昭和26年6月30日から同52年8月1日)などがあった。このほか,昭和18(1943)年ごろ,豊橋海軍航空隊引込線(植田~大崎)の路盤工事が完成していた。しかし,第2次世界大戦後,道路化した。渥美線は,昭和59(1984)年2月1日,車扱貨物取扱を全廃した。

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豊橋市議の長坂です。
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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog
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