とよはしがす

 豊橋瓦斯株式会社は,明治41(1908)年に神野三郎や福谷元次など7人が発起人となって瓦斯事業申請を提出し,翌42(09)年に原田万久や名古屋の神野金之助などを加えた15人が発起人となって,資本金50万円で設立された。豊橋市花田町手棒(豊橋市白河町)に一昼夜5万立方フィートのガス発生炉やガス溜などの施設が建設され,明治43(1910)年から営業を開始した。ガスは熱源と照明に使用された。明治44(1911)年ごろからガス燈は次第に衰退していき,豊橋瓦斯はガス需要の主力を燈用から燃料の熱用に切り替えた。

 大正3(1914)年11月,不況下にあって豊橋瓦斯はガス料金の値下げを断行し,需要の拡大をはかった。しかし,第1次世界大戦による原料高と製品安などで経営は苦しく,経費の節約や配当の削減などで経営の合理化に努めた。大正12(1923)年ごろになると,熱用のガス需要は上昇に転じ,ガス製造技術も進んで経営は安定した。昭和18(1943)年9月,豊橋瓦斯は浜松瓦斯と合併,両会社を統合した中部瓦斯株式会社が発足した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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