とよがわ

 豊川は,北設楽郡設楽町の段戸(だんど)山(標高1152m)を源流とする豊川(別名寒狭川)と,明神山(標高1016m)を源流とする宇連(うれ)川(豊川,別名三輪川・板敷川)が南設楽郡鳳来町長篠地先で合流し,中央構造線に沿って南西に流れ,新城(しんしろ)市で山地を離れる。さらに,宝飯郡一宮町・豊川市を経て,沖積層の東三河平野を蛇行しながら流れ,途中で間川(延長8835m),馬越川(延長3000m)などを合流し,河口まで11.6㎞の地点(豊川市行明町)で豊川放水路を分流する。さらに,下って神田川(延長6907m),朝倉川(延長6420m)などと合流し(全合流河川数26),豊橋市の北部から西部を曲流しながら三河湾に注ぐ一級河川である。幹線流路の延長は77㎞(豊橋市内の延長は19.6㎞),豊川放水路を含めた豊川水系の総延長は237.3㎞(豊橋市域の総延長は106.7㎞)で,流域面積は724k㎡である。

 豊川は,水資源に恵まれて牟呂用水・松原用水・豊川用水を涵養し,東三河地域の農業用水・工業用水・上水道用水などの供給源となり,水力発電(3か所)も行われている。また,江戸時代には吉田(豊橋)の城下を洪水から守るために流域に霞堤(鎧堤)が築かれた。昭和40(1965)年7月に完工の豊川放水路は,下流部の洪水による災害を防ぐために開鑿された。

 自然的な環境も多く残されており,豊橋公園の通称お城下をはじめとして,市民の憩いの場・レクリエーションの場として利用されている。特に,昭和41(1966)年には豊橋市下地町に下地河川緑地が整備された。さらに,昭和62(1987)から63(88)年に,吉田大橋(国道1号線)から豊橋(とよばし)の間に親水護岸工事が行われ,自然石を使った階段式護岸・遊歩道・絵画パネルなどで整備された。ここは,毎年7月の吉田神社の祇園祭の花火打揚げには,多くの人出でにぎわっている。豊橋公園対岸の金色島には,平成3(1991)年度から多自然型景観護岸整備が行われ,平成14(2002)年度の改修計画では金色島の立木を残すことにし,吉田城周辺の景観を形成している。吉田大橋付近から下流の一帯は,シジミ漁が盛んで,かつては河口の前芝や吉前(よしざき)の海岸は潮干狩や海水浴でにぎわった。河口の右岸には清須新田・加藤新田などがあり,左岸には青竹新田・富久縞新田・神野新田・吉前新田などが干拓されている。

 国土交通省中部地方整備局豊橋河川事務所は,豊川に監視カメラ33台(豊川放水路を含む)を設置し,河川情報をリアルタイムでインターネット上に公開し,水遊びや釣りなどのレジャー情報,洪水時の防災情報などを市民が利用できるようにしている。また,国土交通省がまとめた平成15(2003)年の全国一級河川(109水系)の水質測定結果(BOD水質ランキング)で,豊川は全国5河川と並び,最上級(第1位)にランクされた。同じく,同省が実施した同15(03)年度の全国一級河川空間利用実態調査で,豊川は1㎞あたり235人が川の中で遊んだり泳いだりしていて,夏の川遊び利用者数は神奈川県の相模川とともに全国第1位であった。

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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。

このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog
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