はが・けんしょう(1821~1900)

 芳賀憲祥は,文政4(1821)年6月4日,代々芳賀清次郎を名乗る渥美郡牟呂村大西(豊橋市牟呂大西町)の庄屋の家に生まれた。天保6(1835)年から明治6(1873)年まで自宅で寺子屋を開いた。明治21(1888)年大西の墓地に筆子たちの建てた,「芳賀憲祥奥城」がある。明治5(1872)年,額田県から村長に任命された。明治6(1873)年愛知県から副戸長,翌7(74)年戸長を命ぜられた。明治11(1878)年,磯辺村村会議員に選ばれた。明治12(1879)には富久縞(ふくしま)新田62町歩余を買収,小作人280余人に分与した。明治33(1900)年1月13日,没した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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