かこくいん

 栄川山花谷院(曹洞宗)の創立は,天文11(1542)年開山は竜拈寺(りゅうねんじ)4世休屋宗官和尚と伝えられる。もともと天台宗の古寺で荒廃していたものを宗官和尚が再興したのではないかといわれている。はじめは羽田村(豊橋市花田町)の栄川という名泉のわいたところにあったが,正徳2(1712)年に移転した。本尊釈迦如来坐像,摩利支天像は戦火で焼失,第2次世界大戦後は三重県飯高郡粥見町(飯南郡飯南町)妙泉寺より請来した如意輪観世音菩薩像が本尊となったが,現在は釈迦如来坐像・如意輪観音像・摩利支天像が祀られている。

 「三州吉田領神社仏閣記」(元禄6年)に,羽田村「禅宗,栄川山花谷院,右竜拈寺末寺,平僧,客殿四間四方」とあり,「三河国二葉松」(元文5年)に「曲尺手町裏羽田地,吉田,黒印一石五斗,禅宗曹洞派,本寺竜拈寺,栄川山花谷院」とある。花谷院は,明治維新前寺子屋を開いていたが,明治5(1872)年学制発布のため廃止した。筆子は50人であった。明治5(1872)年,豊橋郷校東校が花谷院に設置されたが,翌6(73)年に,廃止された。昭和20(1945)年6月の空襲で伽藍(がらん)など全焼したが,第2次世界大戦後仮本堂・庫裏(くり)を建設,平成元(1989)年本堂庫裏を再建した。平成12(2000)年竜拈寺38世禅月信定和尚を法地開山に請して転格した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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