ほのくに
穂国は,現在の東三河地域に大化以前に存在していた国造支(くにのみやつこ)配下の国名である。「国造本紀(くにぞうほんぎ)」によれば,現在の三河国に三河国造と穂国造があった。穂国は,三河各郡の位置関係からみて,奈良期の三河国7郡のうち宝飫(ほお)(設楽を含む)・八名・渥美の3郡がその範囲と考えられている。穂国の地名は,東三河地域の各所から見ることのできる山,本宮山(ほんぐうさん)(秀(ほ)の山)より生じたものであるとされ,その地域は,現在の東三河にあたる。大化の改新(645年)のとき,西三河の参河と東三河の穂国が合併して三河国となり,国府や国分寺は豊川市の白鳥・八幡付近に設置された。
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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
穂国は,現在の東三河地域に大化以前に存在していた国造支(くにのみやつこ)配下の国名である。「国造本紀(くにぞうほんぎ)」によれば,現在の三河国に三河国造と穂国造があった。穂国は,三河各郡の位置関係からみて,奈良期の三河国7郡のうち宝飫(ほお)(設楽を含む)・八名・渥美の3郡がその範囲と考えられている。穂国の地名は,東三河地域の各所から見ることのできる山,本宮山(ほんぐうさん)(秀(ほ)の山)より生じたものであるとされ,その地域は,現在の東三河にあたる。大化の改新(645年)のとき,西三河の参河と東三河の穂国が合併して三河国となり,国府や国分寺は豊川市の白鳥・八幡付近に設置された。
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