しょううんじ(ひがしいわた)

 如意山祥雲寺(曹洞宗)の創立は,寛永4(1627)年に開墾された田尻村に,庵真宅公座元が小庵を結んだのが始まりである。その後,寛永14(1637)年に公称寺院となった。全久院の隠居寺となり,全久院第24世郁応憲鳳和尚が開闢(かいびゃく)開山となった。

 「三州吉田領神社仏閣記」(元禄6年)に,田尻村「如意山祥雲寺,仁連木全久院末寺,平僧,客殿四間・三間半,田尻村辻観音堂,三間・弐間,無堂守,村中支配」とある。本尊は釈迦牟尼仏坐像である。境内の観音堂は旧地蔵,観音,庚申の3堂が老朽化したため昭和58(1983)年に合祀再建された。旧観音堂は辻観音堂を移転再建したものである。

 観音堂前の手洗鉢に「安永三甲午十月,十一面観音」と刻まれている十一面観音は現存しないが,昭和61(1986)年に十一面千手観音が造立された。江戸時代に寺子屋が開かれ,学制発布のため明治6(1873)年廃止されたが,田尻学校勧善館が設置され,岩田学校と改称され,同12(79)年に寺の西隣に新校舎が建つまで継続した。祥雲寺歴代中寛但師,憲鳳師,田牛師の墓は筆子(ふでこ)の建てたものである。

- -
豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。

このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog
http://nagasakanaoto.blog.jp/210125.html 
豊橋百科事典については、下記の豊橋市サイトからもご覧いただけます。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm 

では!