くろだじょう

 畔田城は,豊橋南部の梅田川流域で勢力を誇った畔田氏の本城である。赤沢城ともいう。築城時期,規模などは不明だが,東観音寺の古文書によれば寛正2(1461)年以前には畔田氏はこの地域にいたようである。

 畔田城は昭和40(1965)年ごろまでは,海岸浸食などにより海中に没したとされていた。静岡古城研究会などの調査によって,豊橋市内の数ある城跡の中でも比較的保存状態が良好であることがわかった。遺構としては曲輪(くるわ),堀,土塁,土橋などがあるが,第2次世界大戦時に手を加えられており,現状の遺構をすべて畔田城時代のものとすることは難しい。

 静岡県の御前崎から伊良湖岬に至る太平洋岸で,これだけ現在の海岸に近い位置の城はほかにない。ただし,かつては南にまだ陸地があったはずなので,もともと断崖絶壁上に築城したわけではない。

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豊橋市議の長坂です。
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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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