たなか・たしん(1824~1903)

 田中田新は,文政7(1824)年3月15日,吉田(豊橋)魚町の田中新兵衛の子に生まれた。田中新九郎を改めて田中田新と名乗った。魚町で,石油ランプや灯油など開化物を商い,一代で財をなした。

 明治9(1876)年,豊橋でロシア正教の洗礼を受けたのは,平山重三郎・平山文太郎・土屋利三の3人であったが,同年,田中田新・妻志ん・長男弥太郎も受洗した。明治26(1893)年長男弥太郎が没したので,呉服町の神戸屋呉服店に奉公していた林可都司(1865~1938)を養嗣子とし,ロシア正教の洗礼を受けさせた。やがて,旧足軽屋敷を買って軍人の借家にしたり,鰹節の売買や砂糖相場,味噌醤油の醸造業などにも手を広げた。また,養嗣子・可都司(2代田新)を渡米させて,新しい知識を吸収させた。初代田中田新は,明治36(1903)年8月13日,没した。2代田新(1865~1938)は帰国後,信託や保険制度を取り入れ,明治41(1908)年には豊橋瓦斯(ガス)株式会社の発起人にもなった。2代田新は,大正2(1913)年豊橋ハリストス正教会聖堂建設に執事長として活躍した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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