こうせきだいち

 洪積台地は,更新世(約170万年前~1万年前)に形成された地層からなる台地である。一般的には沖積平野または海と山地との中間に分布する。豊橋では,豊川(とよがわ)左岸に河岸段丘として広く分布している。その下位段丘は豊橋段丘と称され,豊橋市街地の中心部が発達している。上位段丘は台地となっており,石巻・牛川・東田(あずまだ)・向山・高師原・天伯原から杉山町に至る間に広がり,朝倉川・柳生川・梅田川・紙田川などによって侵食されて,いくつかのブロックに分かれている。ここは土地が高く乾いており,住宅適地のため,豊橋段丘に次いで市街地化された。梅田川以北の高師原と梅田川以南の天伯原は,土壌が酸性でやせており,開発が遅れて旧陸軍の演習場となっていた。しかし,第2次世界大戦後農地として開拓され,豊川用水が通水したこともあって土地利用が集約的になり,生産性があがった。また,一部は文教地区や住宅団地としても発展した。

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豊橋市議の長坂です。
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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog
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