しょうりんじ(はなぞの)

 裂網山正琳寺(真宗大谷派)の創立は,永正2(1505)年で,開山は玄栄法師と伝えられている。創立当時は川毛(吉田城址(じょうし)付近)にあったが,天正2(1574)年,下リ町(豊橋市花園町)に移転した。

 文禄4(1595)年,教如上人によって誓念寺が創立され,京都東本願寺別院となったが,御坊無住のため,応通寺・蓮泉寺・浄円寺・正琳寺・仁長寺の5か寺が明治12(1879)年まで交代で御堂役を務めた。

 大正15(1926)年江戸時代の本堂を取り壊して,新本堂建設を計画し,昭和5(1930)年8間2尺と7間の伽藍(がらん)が完成した。本尊は阿弥陀如来像である。昭和20(1945)年6月の空襲によって全山焼失したが,同29(54)年6月本堂完成,その後庫裏(くり),書院などが完成した。

 関連項目 - 豊橋別院(豊橋市花園町)

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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