しょうたいじ

 積忠山正太寺(真宗高田派)の創立は,天正19(1591)年,開山は聖眼寺13世行順法師で大明寺と称する寺を再興したものである。

 「三州吉田領神社仏閣記」(元禄6年)に,牛川村「高田宗,積忠山正太寺,下地村聖眼寺末寺,平僧,客殿六間・四間,寺領弐石目,伊奈備前守様御証文有之」とある。「三河国二葉松」(元文5年)に「牛川村,黒印二石,高田宗,本寺下地村聖眼寺,正大寺」とある。

 本尊阿弥陀如来立像は,元文2(1737)年京都麩屋(ふや)町の仏師大矢遊昌の作である。聖徳太子像は,寺伝によれば開山行順法師が聖眼寺から持ち来たったものといわれ,現在は本堂内に安置されている。伽藍(がらん)は度重なる火災で焼失し,現在の本堂は,明治15(1882)年の再建のものである。

- -
豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。

このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog
http://nagasakanaoto.blog.jp/210125.html 
豊橋百科事典については、下記の豊橋市サイトからもご覧いただけます。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm 

では!