かんきじ

 大慈山歓喜寺(曹洞宗)は,もと真言宗で,中世曹洞宗に改宗し,天正11(1583)年満光寺2世千巌舜鶴和尚により復興されて末寺となった。本尊は聖観世音菩薩立像である。

 「津田村書上書」(明治21年)には「当寺は初め真言宗にて大悲山歓喜寺,境内千三百十坪本尊聖観音は春日の作と伝え,信徒その大悲を受けて歓喜せざるなきにより大悲山歓喜寺と号す云々」とある。

 「三州吉田領神社仏閣記」(元禄6年)に,横須賀村「禅宗,大慈山歓喜寺,下五井満光寺末寺,平僧,客殿四間半・四間,御朱印寺領弐石目,天王領之内ニ有」とある。「三河国二葉松」(元文5年)に,「横須加村,寺領二石,天王社領内,禅宗曹洞派,本寺下五井村満光寺,大慈山歓喜寺」とある。これらによると,歓喜寺は進雄(すさのお)社(天王社)の社僧寺であり,同社が天文7(1538)年の創立であるので歓喜寺の創建もそのころで,翌8(39)年の洪水で荒廃していたのを舜鶴和尚が再興したものと思われる。

 江戸時代には寺子屋が開かれていて,明治8(1875)年鹿菅(しかすが)学校(後に横須賀学校,さらに津田学校と改称)も歓喜寺に設置,同10(77)年以後,新校舎が建つまで継続した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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