しばた・ほうすい(1854~1922)

 柴田豊水は,嘉永7(1854)年1月28日,吉田(豊橋)藩士柴田善伸の養嗣子・柴田収次の2男に生まれた。養蚕業を始めた契機は,羽田野敬雄の「参河国養蚕由来記」を読んで啓発されたことにあるといわれる。明治6(1873)年箕輪村(長野県伊那郡)におもむき養蚕技術を習得し,翌7(74)年,自宅で養蚕を始めた。明治9(1876)年,豊橋本町で座繰製糸を開始した。明治10(1877)年,本町座繰製糸所は二本松製糸工場(福島県)から鈴木田鶴を教婦として招聘(しょうへい)して,12人が座繰製糸の伝習を受けた。明治11(1878)年,関屋(豊橋市関屋町)に士族授産の目的で製糸所を始めたが,失敗した。明治12(1879)年,13人の子女を伝習生として富岡製糸場(群馬県)へ派遣した。

 明治12(1879)年,和田ちつか(1857~1935)と結婚した。ちつかは吉田藩家老和田稲城の長女で,本町座繰製糸所で伝習を受け,富岡製糸場にも派遣された一人である。製糸所が失敗した後は,蚕種・養蚕網の製造販売,製糸用座繰器械の販売に転じた。大正11(1922)年,没した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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