やなぎもと・じょうせい(1879頃~1964)

 柳本城西,本名満之助は,明治12(1879)年,渥美郡豊橋町関屋の元吉田藩弓術指南の家に生まれた。私立中学豊橋時習館に学び,医術開業試験に合格して,豊橋病院外科の医局員となった。明治36(1903)年,「無花果(いちじく)短歌会」を興し,伊藤左千夫との交流が始まる。

 日露戦争に軍医として従軍し,戦後は浜名郡篠原村(浜松市)で医院を開業した。同時に犬蓼(いぬたで)短歌会を始め,回覧式冊子「犬蓼」を発行した。伊藤左千夫の選評をうけ,その活躍はアララギのなかでも重きをなし,豊橋方面からの参加者も多かった。

 柳本城西は,古歌を研究し,「記紀の歌研究」を発表した。「犬蓼(いぬたで)」は56年間598号まで発行され,明治・大正・昭和の短歌発展の架け橋となった。雅号の城西は,生誕の地,吉田城址の西を意味するといわれる。昭和39(1964)年,豊橋で没した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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