はやし・おりえ(1744頃~1818)

 林織江は,吉田(豊橋)呉服町の薬種問屋2代和泉屋林景高の2女に生まれた。宝暦6(1756)年,林自見正森の2男景政を婿養子に迎えた。しかし,宝暦14(1764)年,景政は没したので家督を縁者に譲り,安永(1772~81)のはじめ京都に上り羽衣石宮に鍼術(しんじゅつ)を学び,免許を得て宮路と号した。そのかたわら,大納言芝山持豊に師事して和歌を学んだ。さらに江戸に出て学んだ。天明9(1789)年,帰郷して吉田呉服町で鍼術・歌道に精進した。文化元(1804)年,伊良湖で糟谷磯丸に会い,芝山持豊に紹介した。文政元年(1818)年11月26日,75歳で没した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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