しょうおんじ
二川山松音寺(曹洞宗)の創立は康永・貞和(1342~50)ごろと伝えられているが,宗派は不明である。明暦年間(1655~58)に白須賀(湖西市)蔵法寺第5世香外養薫和尚が再興して開山となり蔵法寺の末寺となった。「三河国二葉松」(元文5年)に,「二川,黒印二石,禅宗曹洞派,本寺遠州白須賀増法寺,二川山松音寺」とある。本尊は延命地蔵菩薩立像で,古来より霊験ありといわれてきた。
明治15(1882)年火災により伽藍(がらん)什宝(じゅうほう)を焼失し,現在の本堂は同36(1903)年の再建で,開山堂は大正15(1926)年に再建された。明治維新直前,全久院から隠居した鉄外田牛和尚は,寺子屋を開き村人の教育にあたった。昭和29(1954)年焼失を免れた鐘楼に梵鐘(ぼんしょう)が新鋳され,平成5(1993)年には開山堂,庫裏,客殿が増築された。
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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
二川山松音寺(曹洞宗)の創立は康永・貞和(1342~50)ごろと伝えられているが,宗派は不明である。明暦年間(1655~58)に白須賀(湖西市)蔵法寺第5世香外養薫和尚が再興して開山となり蔵法寺の末寺となった。「三河国二葉松」(元文5年)に,「二川,黒印二石,禅宗曹洞派,本寺遠州白須賀増法寺,二川山松音寺」とある。本尊は延命地蔵菩薩立像で,古来より霊験ありといわれてきた。
明治15(1882)年火災により伽藍(がらん)什宝(じゅうほう)を焼失し,現在の本堂は同36(1903)年の再建で,開山堂は大正15(1926)年に再建された。明治維新直前,全久院から隠居した鉄外田牛和尚は,寺子屋を開き村人の教育にあたった。昭和29(1954)年焼失を免れた鐘楼に梵鐘(ぼんしょう)が新鋳され,平成5(1993)年には開山堂,庫裏,客殿が増築された。
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