とうしょうじ(おおむら)

 神寿山東昌寺(曹洞宗)の創立は,「満光寺誌」・「宝飯郡誌」によると元禄13(1700)年,はじめ大蚊里(おがさと)村(豊橋市大村町)牛頭(ごず)天王社の境内に建てられていたのを,享保19(1734)年現在地に移したとある。

 「三州吉田領神社仏閣記」(元禄6年)に,大蚊里村「禅宗,神寿山東昌寺,下五井満光寺末寺,平僧,客殿四間・弐間半」とあることから,元禄13(1700)年は誤りであるとされる。開山は不明,開基は浅野七兵衛で,東昌寺の過去帳(安政ごろ)に「孤峯慧白禅定門,天文二(1533)年十一月,浅野伝三郎」とあるのが開基の始祖とされる。

 本尊釈迦牟尼仏坐像の詳細は不明であるが,本堂内の薬師如来像は大蚊里村の牛頭天王社から,一緒に祀っている子安地蔵尊像は五貫森の八幡社から明治維新の際,移してきたものである。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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