とうさんじちけんきゅうかい

 東三自治研究会は,昭和3(1928)年8月17日,豊橋の新聞記者を中心に結成された。主な構成員は,委員長広田喜平(水平社豊橋支部),書記長岩田潔(参陽新報),常任幹事河合陸郎(新朝報),常任幹事浅井秀雄(豊橋日日新聞),常任幹事内田駿(参陽新報)らであり,自由主義的な立場から豊橋市政の刷新を提唱した。

 その活動の一端として,昭和3(1928)年の上水道疑獄の摘発を行い,豊橋市内で糾弾のための演説会をしばしば開催して,市政の改革を訴えた。昭和3(1928)年10月の市会議員改選時に委員長の広田喜平を推して敗退したのを契機に活動は勢いをなくし,同5(30)年から翌6(31)年にかけて起こった第2次電価争議にも関与しようとしたが,すでに実行力を失い,計画は失敗に終わった。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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