ひがしみかわこんわかい
昭和30(1955)年,豊橋地方の産業のあり方や方向性を探るため,豊橋商工会議所に産業調査室が新設されたのが始まりである。当時,愛知学芸大学,愛知大学の教授陣を中心に地域診断を行うなど,豊橋経済界にシンクタンク機能の導入が図られた。その後,昭和35(1960)年,豊橋,豊川,蒲郡の各商工会議所の支援を受け,東三河産業開発連合会が設立された。昭和37(1962)年に,地域の最初のマスタープラン東三河開発計画の概要が発表された。
こうした調査研究を主目的とする連合会に代わり,地元経済界と進出企業人,そして地元自治体などが具体的な地域問題について話し合い,交流する場の必要性が痛感されるようになり,「東三河は一つ」を合言葉として,昭和43(1968)年に,東三河開発懇話会が発足した。昭和58(1983)年東三河地域研究センターが設立され,地域計画・都市計画の受・委託調査研究を行っている。昭和63(1988)年には,創立20周年の記念事業として「新しい生活の都」づくりをめざす東三河2015構想を発表した。
平成13(2001)年度から,東三河懇話会と改称した。会員交流・産学官連携のために,東三河4市長・4郡町村会長を囲む新春懇談会,東三河産学官交流サロンなどを開催するとともに,地域づくりのための事業として,東三河交流フォーラムの共同開催,穂の国森づくりの会への支援などを実施している。
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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
昭和30(1955)年,豊橋地方の産業のあり方や方向性を探るため,豊橋商工会議所に産業調査室が新設されたのが始まりである。当時,愛知学芸大学,愛知大学の教授陣を中心に地域診断を行うなど,豊橋経済界にシンクタンク機能の導入が図られた。その後,昭和35(1960)年,豊橋,豊川,蒲郡の各商工会議所の支援を受け,東三河産業開発連合会が設立された。昭和37(1962)年に,地域の最初のマスタープラン東三河開発計画の概要が発表された。
こうした調査研究を主目的とする連合会に代わり,地元経済界と進出企業人,そして地元自治体などが具体的な地域問題について話し合い,交流する場の必要性が痛感されるようになり,「東三河は一つ」を合言葉として,昭和43(1968)年に,東三河開発懇話会が発足した。昭和58(1983)年東三河地域研究センターが設立され,地域計画・都市計画の受・委託調査研究を行っている。昭和63(1988)年には,創立20周年の記念事業として「新しい生活の都」づくりをめざす東三河2015構想を発表した。
平成13(2001)年度から,東三河懇話会と改称した。会員交流・産学官連携のために,東三河4市長・4郡町村会長を囲む新春懇談会,東三河産学官交流サロンなどを開催するとともに,地域づくりのための事業として,東三河交流フォーラムの共同開催,穂の国森づくりの会への支援などを実施している。
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豊橋市議の長坂です。
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