ほんがんじ

 医王山本願寺(曹洞宗)の創立は不明であるが,もとは天台宗の古刹(こさつ)であったと思われる。開基の孤雲玄峯和尚の時,曹洞宗寺院に再興改宗され,豊川妙厳寺末寺となったものと思われる。本尊は薬師如来坐像で,十二神将とともに時代のある雄健の作である。堂内脇壇に弘法大師,賓頭盧尊(びんずるそん)の古像が安置されている。本堂は明治初年の再建と伝えられ,庫裏(くり)は大正元(1912)年に建てられたものである。

 境内の観音堂は境外村持であったのを,明治維新の際移したもので,観世音菩薩立像厨子(ずし)入,脇壇に三尺坊枳尼天(だきにてん)が祀られている。境内に銅製の観世音等身立像が安置され,台下に石写法華経が埋納されている。明治9(1876)年豊川妙厳寺第28世禅海霊隆和尚を開祖(法地開山)とした。墓地内に武田信玄の軍師山本勘助の父母の碑と称する墓がある。その側に後世建てた山本家歴代の墓がある。中央に大字で「天徳院武山道鬼大居士」と山本勘助の法名が刻んである。本願寺近くの鶴巻には,(正面)「山本晴幸生誕地 愛知県」(裏面)「大典記念大正四年十一月 賀茂村」の碑がある。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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