むくげづか
木槿塚は,豊橋市小松原町の東観音寺にある松尾芭蕉の句碑である。「道のへの 木槿は馬に 喰れけり」と刻まれ,詞書6行も記されている。建立年月は寛政12(1800)年夏で,当時の住職万年和尚と京都の俳人柳後園が発起人となって建立したものである。以前は本堂の裏手にあったが,昭和35(1960)年に境内の「多宝塔」前に移された。碑は根府川石の自然石で,高さ98㎝・幅66㎝である。句は貞享元(1684)年芭蕉41歳,小夜(さや)中山(掛川市)で詠んだもので,「野ざらし紀行」に掲載されている。
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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
木槿塚は,豊橋市小松原町の東観音寺にある松尾芭蕉の句碑である。「道のへの 木槿は馬に 喰れけり」と刻まれ,詞書6行も記されている。建立年月は寛政12(1800)年夏で,当時の住職万年和尚と京都の俳人柳後園が発起人となって建立したものである。以前は本堂の裏手にあったが,昭和35(1960)年に境内の「多宝塔」前に移された。碑は根府川石の自然石で,高さ98㎝・幅66㎝である。句は貞享元(1684)年芭蕉41歳,小夜(さや)中山(掛川市)で詠んだもので,「野ざらし紀行」に掲載されている。
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