あさくら・にえもん(1829~85)

 朝倉仁右衛門は,文政12(1829)年12月25日,渥美郡上細谷村(豊橋市細谷町)庄屋朝倉仁右衛門包叔(8代)の長男として生まれた。幼名仁作,長じて仁右衛門古完,朝倉家9代を継ぐ。慶応3(1867)年12月,全村こぞって神道に改宗させた。明治6(1873)年,桑の栽培を奨励し,桑園を開く機運をつくった。明治9(1876)年,小久保彦十郎・柴田豊水・小柳津忠民・朝倉佐野四郎などと協議し,豊橋本町に座繰(ざぐり)製糸業を始めた。しかし,半年ほどで失敗,明治10(1877)年から翌11(78)年にかけて,自宅で座繰製糸を始めたが,これも失敗に終わった。

 この間,明治10(1877)年朝倉仁右衛門を中心に,小柳津忠民・朝倉佐野四郎・前田伝次郎・小久保彦十郎・柴田豊水などで,養蚕業の確立促進のため赤心社を結成した。明治12(1879)年群馬県の官営富岡製糸工場へ伝習生13人を派遣,翌13(80)年には福島県二本松製糸・三春三盛社に広田辰次郎・前田桂次郎を派遣して,先進地の製糸業の研修にあたらせた。明治15(1882)年研修者たちの帰郷を待って,50人取りの器械製糸工場である細谷製糸工場を創立した。創立後,朝倉仁右衛門は無給で男女工とともに作業にたずさわった。明治18(1885)年7月6日,没した。明治25(1892)年細谷小学校に「朝倉仁右衛門頌徳碑」が建立された。

 参考文献 - 豊橋商業学校編「東三河産業功労者伝」

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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