しゅんこういん

 威徳山春興院(曹洞宗)の創立は,永禄9(1566)年,開山は豊川妙厳寺第7世直心弾達和尚,開基は和田城城主渡辺図書頭助清である。その子孫は代々江戸にあって明治維新前まで春興院に音信を続けていたが,その後は消息を絶った。はじめ和田村広福(豊橋市石巻本町)の地に建てられていて,広福山常林寺と称した。後開基和田助清夫妻の法名によって石津山春興院となり,さらに後世(明治以後か)開基和田助清の院号を採って威徳山春興院と改めた。

 「三州吉田領神社仏閣記」(元禄6年)に,和田村「禅宗,石津山春光寺,豊川妙厳寺末寺,東堂,客殿七間・六間,境内百七十六間・百間,御朱印寺領五石目」とある。「三河国二葉松」(元文5年)に,「和田村,寺領五石,禅宗曹洞派,渡部山城守先祖廟,本寺豊川村妙厳寺,石津山春興院」とある。本尊は十一面観世音菩薩立像で,境内に金比羅堂がある。明治36(1903)年火災のため本堂,山門,庫裏(くり)等を焼失し,大正7(1918)年に再建したのが現在の本堂,庫裏である。平成8(1996)年に山門が再建された。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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