ひこさか・きくさく(1803頃~79)

 彦坂菊作は,吉田御輿休(みこしやすみ)町(豊橋市新本町)の田中嘉兵衛の長男として生まれた。吉田新銭町(豊橋市広小路三丁目)の彦坂喜平の養嗣子となった。天保5(1834)年,牧野伝蔵から関流和算の免状を受ける。江戸に出て和田寧に入門して円理豁(えんりかつ)を学び,和田寧没後,内田観斎の門で測量などの免許を受けた。安政4(1857)年,算術御用3人扶持として吉田(豊橋)藩出仕を命じられた。文久元(1861)年,吉田藩主の命で豊川(とよがわ)堤防に風車台を設けて,揚水ポンプによる吉田方への灌漑(かんがい)設備を造った。著書に,「豁術稿」(天保13年),「円理新々増刻稿」(弘化3年),「算法円理三台起元」(嘉永2年)がある。明治12(1879)年1月28日,77歳で没した。

 参考文献 - 豊橋市教育会編「彦坂範善翁小伝」

- -
豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。

このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog
http://nagasakanaoto.blog.jp/210125.html 
豊橋百科事典については、下記の豊橋市サイトからもご覧いただけます。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm 

では!