まぼろしのえんさんてつどう

 昭和初期に,豊橋~浜松間に鉄道を敷設しようとする計画が3つあった。1つは遠三軌道で,旧東海道を並走し,浜松から舞阪~新居~白須賀~二川を経由し,豊橋の柳生橋あたりまで至る計画であった。しかし,浜名湖の架橋工事が困難なことからとりやめになった。

 2つ目は三遠急行電車で,湖西方面の開発を目的に設立された。それまで,浜名湖は渡船か汽車で行く以外になく,昭和3(1928)年ごろから,浜名湖へ橋を架ける計画が進み,架橋することで湖西地区は浜松の勢力下に入る。それを戻すための計画であったがやがて立ち消えになった。

 3つ目は遠三電鉄で,浜松から気賀(細江町)~三ヶ日~嵩山(すせ)~東田(あずまだ)~向山~豊橋駅までとし,延長25マイル(約40.2㎞)の路線計画を立て,資本金400万円で愛知電気鉄道200万円,豊橋市100万円,浜松電鉄100万円の負担と定めた。昭和2(1927)年8月,遠三電鉄が創立された。しかし,工事の認可の遅れと経済界の不況により,昭和5(1930)年10月解散して実現をみなかった。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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