へいりんじ

 金鳳山平林寺(臨済宗妙心寺派)は,埼玉県新座市野火止にある松平(大河内)三家(三河国吉田藩主・上野国高崎藩主・上総国大多喜藩主)の菩提寺である。はじめ永和元(1375)年太田道灌の父である太田道真によって岩槻(いわつき)(埼玉県岩槻市)に創建され,石室善玖を招いて開山とした。天正18(1590)年,豊臣秀吉の小田原攻めにより開基太田氏は滅亡し,平林寺の伽藍(がらん)も焼失した。

 その後,徳川家康の仲介により,駿河国(静岡県)臨済寺より鉄山宗鈍を招いて中興開山とし,寺領50石を寄進し岩槻に堂宇(どうう)を完成させた。この時,鉄山宗鈍を援助したのが,家康の譜代大名である松平(大河内)氏であった。寛文3(1663)年,松平信綱の子である輝綱の代になって菩提寺である平林寺を岩槻から野火止(埼玉県新座市)へ移した。

 平林寺の伽藍は惣門・三門・仏殿・法堂(本堂)が一直線に並ぶ典型的な禅宗伽藍となっており,法堂以外の建物は昭和48(1973)年,埼玉県の文化財に指定された。

 慶応3(1867)年12月,堂宇が炎上したが,明治に入り松平(大河内)家から土地や維持金の寄進があり,明治13(1880)年,本堂・玄関・庫裏(くり)が再建された。本尊は釈迦如来像である。昭和4(1929)年には専門道場としての禅堂が建立された。

 昭和43(1968)年,平林寺境内13万坪が「平林寺境内林」として国の天然記念物に指定された。墓地には吉田藩主8代(松平信祝・信復・信礼・信明・信順・信宝・信璋・信古)の墓がある。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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