ひらいいなりやまかいづか
平井稲荷山貝塚は,明治33(1900)年,宝飯郡小坂井町平井の大林意備(もとよし)によって小坂井町平井と豊橋市前芝町の境界地で発掘された遺跡である。縄文時代晩期の土器のほかに石鏃・石斧・石剣・骨角器・土偶が発掘された。大正元(1912)年,石器時代遺跡の発見を記念して碑が建てられた。碑に,
大林意備翁発見 石器時代遺跡
明治三十三年春発見 大正元年冬建之
とある。出土した土器は,稲荷山式と命名された。大正11(1922)年7月,京都帝国大学教授清野謙次は,50体の人骨を発掘した。その後,明治大学と小坂井町教育委員会が発掘調査を行い,現在までに90体の人骨が発掘されている。
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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
平井稲荷山貝塚は,明治33(1900)年,宝飯郡小坂井町平井の大林意備(もとよし)によって小坂井町平井と豊橋市前芝町の境界地で発掘された遺跡である。縄文時代晩期の土器のほかに石鏃・石斧・石剣・骨角器・土偶が発掘された。大正元(1912)年,石器時代遺跡の発見を記念して碑が建てられた。碑に,
大林意備翁発見 石器時代遺跡
明治三十三年春発見 大正元年冬建之
とある。出土した土器は,稲荷山式と命名された。大正11(1922)年7月,京都帝国大学教授清野謙次は,50体の人骨を発掘した。その後,明治大学と小坂井町教育委員会が発掘調査を行い,現在までに90体の人骨が発掘されている。
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