やまもと・しょうじ(1871頃~1931)

 山本松二は,豊橋上伝馬町に生まれた。若いころより,書画骨董に親しみ「天籟園」という名の表具屋を営んでいた。政治に関心を持ちはじめ,大正元(1912)年,市会議員に当選した。

 大正初期の豊橋の政界は同志派と実業派が市政を2分していた。大正3(1914)年,同志派の総帥であった大口喜六が市長に就任,実業派の山本松二を助役に抜擢し,同志・実業両派の融和をはかり,市政を円滑に運営しようと図った。大口市長とは,郷土史や書画骨董という共通の趣味をもっていたからよく仕えた。

 山本松二は,号を暁堂といい,郷土史をはじめ多くの趣味を持っていた。晩年には,長尾華陽について南画を学んだ。昭和6(1931)年1月2日,61歳で没した。

- -
豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。

このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のblog
http://nagasakanaoto.blog.jp/210125.html 
豊橋百科事典については、下記の豊橋市サイトからもご覧いただけます。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm 

では!