しょうねんきんろうかい

 豊橋少年勤労会は,昭和7(1932)年勤労少年を援助するために設立された社会事業団体であった。勤労会は,不況にあえぐ貧しい家庭の少年(小学校尋常科5・6年生と高等科の1・2年生)を学校長の推薦で入会させた。

 少年たちは,学校の授業が終わると勤労会に集まり,会が斡旋(あっせん)する商店・工場の手伝い,ビラまきなどの宣伝や養豚の仕事をして,その収入を家に持ち帰り家計を助けた。雨の日や仕事のない日には会で補修授業を行った。また,夏には豊川(とよがわ)で遊泳したり,三谷海岸などにテントを設営して,少年たちにキャンプ生活を楽しませた。

 少年勤労会は,元市長の高橋小十郎が代表者となり,豊橋電気株式会社の今西卓,陸軍少将五味為吉,味噌醸造業の内藤要らが名をつらね,物心両面にわたる支援をした。会の実務は,太田幸治,岩瀬正雄,陸軍予備少尉坂田孝らがあたった。

 少年勤労会は,当初,豊橋市西八町の参陽新報社内におかれたが,後に豊橋市関屋町の太田幸治が主宰する柔道場大和塾に移された。会の活動は,7年ほど続き,昭和13(1938)年ころに事業の幕を閉じた。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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