かせいじょがっこう

 家政女学校は,明治35(1902)年4月,伊藤卯一により豊橋町中八町に豊橋裁縫女学校が創立され,明治37(1904)年7月,校舎を東八町に移転したのに始まる。昭和6(1931)年9月,豊橋高等裁縫女学校と改称した。翌昭和7(1932)年9月,校舎を豊橋市瓦町臨済寺前に移転した。昭和10(1935)年11月,豊橋高等家政女学校と改称した。昭和15(1940)年,所在地名が豊橋市老松町と変更された。昭和20(1945)年8月7日,豊川海軍工廠(こうしょう)が爆撃され,勤労動員中の生徒24人・挺身隊員7人・職員1人が戦没した。昭和23(1948)年3月,豊橋藤花高等女学校と改称した。同昭和23(1948)年4月,6・3・3制移行に伴い,藤ノ花女子高等学校・同併設中学校(2年間存続)となった。

 関連項目 - 藤ノ花女子高等学校(豊橋市老松町)

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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