ほうぎょういん

 摩尼山宝形院(真言宗醍醐派)は,安永2(1773)年に阿闍梨諄慶法印により創建され,本尊は十一面観音像である。宝形院は吉田町裏(豊橋市中世古町)にあり,真言宗修験(しゅげん)派に属していたが,明治維新後,真言宗醍醐派となる。

 第8世万通法印は,日露戦争直後に戦役戦死病没者の英霊を弔祭し,護国鎮土の霊場にしようと発願,多数の賛同を得て,明治45(1912)年豊橋市花田町斎藤地内に仮本堂創建,大正6(1917)年英霊殿本殿を創建した。梅樹760本を植え栽培および貯蔵などの基礎とした。女性の意識向上,精神修養を図るため報国婦人会を設立。出征軍隊慰問,全国各地の災害被災民救助,貧困者救済などに梅干しなどを寄贈した。

 第10世奥田普正法印の時,都市計画のため宗教活動に不便をきたし,昭和35(1960)年6月に豊橋市向山町南中畑に移転した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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