こうもんしゃ

 好問社は,明治4(1871)年,穂積清軒(1836~74)によって吉田(豊橋)城二の丸跡に開設された英学塾である。穂積清軒(1836~74)は,吉田藩士喜左衛門の長男である。蘭学を坪井信道,村田蔵六,高畑五郎に学び,幕府の軍艦操練所の翻訳方を勤めたあと,赤坂に洋学塾を開いた。彰義隊へ参加したあと中村道太,鈴木玄仲の支援を得て好問社を設立した。

 好問社では旧吉田藩士の子弟を対象にした教育が行われた。カリキュラムを見ると「訳書句読」「原書句読」「算術」などで,当時としては比較的高度な内容だった。以上の科目に「習字」「縫針」も加えて女子も教育の対象にしていたことに,先駆的な特色がある。大口喜六,村松愛蔵もここに学んだが,穂積清軒の死と建物の火災により,わずか3か年で廃校となった。なお,穂積清軒の墓石は豊橋市松葉町の称名院の境内にある。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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