おおたけ・とうち(1881~1953)

 大竹藤知は,明治14(1881)年2月13日,渥美郡磯辺村(豊橋市草間町)に生まれた。若くして地方政界に出て,36歳で高師村長になる。大正9(1920)年渥美郡畜産組合長,渥美郡町村会会長となった。昭和7(1932)年愛知県会議員となり,同22(47)年まで務めた。昭和22(1947)年,第2次世界大戦後初の豊橋市長選挙は,片山理が推す横田忍と,河合陸郎が参謀となった大竹藤知の一騎打ちの形となった。豊橋市長となった大竹藤知の責務は,戦災で廃墟と化した豊橋の戦災復興を成し遂げることにあった。昭和22(1947)年戦災復興土地区画整理事業に着手し,同25(50)年3月には豊橋民衆駅の完工をみた。昭和28(1953)年6月6日,没した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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