すけごう

 助郷とは,江戸時代の宿場で用意すべき継立人馬(東海道では100人・100疋)が不足する場合に,幕府より指定された村が不足する人足や馬を提供することである。江戸時代初期には宿場が近隣の人馬を雇い不足をおぎなっていたが,幕府道中奉行が宿場ごとに村々を指定するようになり,元禄7(1694)年と享保10(1725)年には東海道などの宿場に助郷の村名と勤高を記した助郷帳を下付し,助郷の整備・再編を行った。

 江戸時代後期には,増加する交通量に対処するため加助郷・増助郷などの名前で追加の助郷村が指定された。吉田宿の助郷は,元禄7年には定助郷・大助郷合わせて合計31か村であったが,享保10(1725)年には36か村が指定された。二川宿では元禄7(1694)年に定助郷・大助郷合わせて28か村が指定されたが,享保10(1725)年には25か村となった。明治5(1872)年には助郷制度は廃止された。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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