としみつ・せんあん(生没年不詳)
利光仙庵は,吉田(豊橋)の町医の家に生まれた。長崎遊学中に中川五郎治がロシアから持ち帰った種痘書を馬場佐十郎が翻訳した「遁花秘訣」を入手し,嘉永3(1850)年「魯西亜牛痘全書」と題して板行した。さらに「引痘夜話」を著した。利光仙庵はこの時,吉田藩江戸詰医師であったが,安政7(1860)年,吉田に帰り,万延元(1860)年,吉田藩医を辞し,吉田領内諸村に種痘を実施したという。
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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
利光仙庵は,吉田(豊橋)の町医の家に生まれた。長崎遊学中に中川五郎治がロシアから持ち帰った種痘書を馬場佐十郎が翻訳した「遁花秘訣」を入手し,嘉永3(1850)年「魯西亜牛痘全書」と題して板行した。さらに「引痘夜話」を著した。利光仙庵はこの時,吉田藩江戸詰医師であったが,安政7(1860)年,吉田に帰り,万延元(1860)年,吉田藩医を辞し,吉田領内諸村に種痘を実施したという。
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