ないとう・さいべい(1905~61)

 内藤斎平初代要吉は,吉田(豊橋)新銭町(豊橋市駅前大通三丁目)で味噌醤油醸造業を営んでいた。

 内藤斎平2代初吉は,明治33(1900)年渥美郡醤油同業組合を設立,同40(07)年株式会社丸仲魚問屋社長となった。大正2(1913)年豊橋魚鳥・豊橋海産・丸仲魚問屋の3社を合併させ,豊橋魚市場株式会社を設立した。大正7(1918)年8月2日,65歳で没した。

 内藤斎平3代清次郎は,中部電力・中島飛行機・久保田製作所などの取締役を務めた。昭和11(1936)年から同15(40)年まで,豊橋商工会議所副会頭に就任した。豊橋市新銭町の自宅・工場は,第2次世界大戦終戦間際に建物疎開された。昭和22(1947)年11月29日,71歳で没した。

 内藤斎平4代要は,明治38(1905)年9月21日,3代清次郎の長男として生まれた。昭和4(1929)年大阪工業大学発酵学教室を卒業し,同13(38)年中国上海に渡り,自動車販売常盤洋行を経営した。昭和18(1943)年帰国して,国産化学・三州味噌の役員を務めた。昭和26(1951)年,豊橋信用金庫理事長となった。昭和36(1961)年10月29日,没した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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